「鱧の皮」上司小剣

上司小剣さん作品紹介

「道頓堀の夜景は丁度これから、という時刻で、筋向うの芝居は幕間になつたらしく、讃岐屋の店は一時に立て込んで、二階からの通し物や、芝居の本家や前茶屋からの出前で、銀場も板場もテンテコ舞をするほどであった。」

このような場面で始まる小説「鱧の皮」は、大阪・道頓堀の芝居町の活気ある様子と、そこで女手一つで鰻屋を切り盛りするお文を主人公に、夫婦の機微が描かれている。発表当時、田山花袋らに絶賛され、上司小剣の文壇における作家的地位を確固たるものとした作品である。
主人公のお文は家付き娘の「御寮人(ごりょう)さん」で、女盛りの三十六歳である。聟養子の福造は、家出して東京にいる。その夫から、お文の元へ一通の封書 が届く。封書には、金の無心と元の鞘へ納まるための条件が書かれ、末尾には好物の<鱧の皮>を送ってほしいとあった。夫の好物を思い出して、お文の心はさまざまに乱れる。

お文が「鱧の皮の二杯酢が何より好物だすよってな。・・・東京にあれおまへんてな」と語るように、<鱧の皮>を食すのは関西独自の味覚文化である。<鱧の皮>の食べ方も作品中で「鱧の皮、細う切ってて、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯に載せて一寸いけるさかいな」と紹介されている。<鱧の皮>は、決して高級な食材ではないが、庶民の間では天神祭 の頃になると出回る、大阪の夏の風物として親しまれた。

小説「鱧の皮」には、「随一の名妓と唄はれてゐる、富田屋の八千代の住む加賀屋といふ河沿いの家のあたりは、対岸でも灯の色が殊に鮮かで、調子の高い撥の音も 其の辺から流れてくるやうに思はれた」のように、当時の大阪・ミナミの繁華街の様子が詳細に描写されている。その中に「重亭」や「入船」などのかつて実在 した料亭の名も出てくる。

発表:『ホトトギス』大正3年1月1日第17巻第4号
作品設定の年代:明治38年ごろ

上司小剣(かみつかさ・しょうけん)・作家

1874(明治7)年、奈良に生まれる。大阪予備学校に学び小学校の代用教員を経て、1897(明治30)年上京。読売新聞社に入社、24年間勤めた。その間に、読売新聞に連載した『木像』や、『鱧の皮』などの作品を発表した。1947(昭和22)年9月没。

主な作品

木像
鱧の皮