「うどん-初恋について」武田麟太郎
武田麟太郎さん作品紹介
新感覚派的な表現形式に新しさを発揮して、「暴力」「反逆の呂律」などを書き、プロレタリア文学の作家として昭和初年代に文壇に登場した武田麟太郎は、明治三十七(一九〇四)年に大阪の黒門市場に近い日本橋東に生まれた。今宮中学校から第三高等学校を経て、東京帝国大学に進学した。
武田麟太郎は、昭和八年に、うどん屋の娘に感じた中学生の初恋を描いている。短篇小説「うどん-初恋について」は、「『つるや』と云うのが、そのうどん屋 の名前で、大阪市西区(現在は港区)大正橋付近にあった」という書きだしではじまる。中学生の若山清吉が「つるや」の馴染客になったのは偶然のことで、学 校からの帰途、うどんを食いに立ち寄ったのがはじまりである。
今宮方面にある学校へ歩いて通った。「つるや」の近所にいる同級生の山下秀雄を誘って、道々、文学の話を語りつつ行くのである。「つるや」には店の看板娘 である十七歳のおとみがいる。文学をやるからには、生命かけて恋愛をやらんとあかん、シリヤスにな、と山下に励まされて、若山はおとみに艶書を書く。
おとみの母親は、若山が中学校へ通っているので、将来に心配ない金持ちの坊ちゃんと誤解したのである。彼女は「つるや」には借金が三千円ばかりある。一緒にさせてやるから、こちらの苦しいところを救ってもらいたいといいだす。
中学生の若山清吉は、そこではたと行きづまった。それらは大人の解決できる話で、彼には問題にもならぬことであった。
発表「新潮」昭和八年九月一日発行。
初収『勘定<文芸復興叢書>』昭和九年五月二日発行、改造社。
浦西和彦編『武田麟太郎<作家の自伝105>』平成十二年十一月二十五日発行、日本図書センターに収録。作品設定の時代大正七・八年ごろ。
武田麟太郎(たけだ・りんたろう)・作家
1904(明治37)年、大阪市に生まれる。大阪のドヤ街をえがいた「釜ヶ崎」等の市井事ものを発表し、庶民の日常生活をあざやかに描いた。1946年(昭和21)年3月没。文学碑は、西鶴の眠る誓願寺に建てられている。
主な作品
日本三文オペラ
井原西鶴
一の酉
大凶の籤
雪の話