「今昔物語集」巻第三十
「本朝付雑事」より
作品紹介
『今昔物語集』巻第三十「本朝付雑事」に「品賤しからぬ人、妻を去りて後に返りて棲むこと」と題された一話がございます。年若き君達が、年来想いをかわした妻を捨てて、今風の女に心を移すのですが、やがて、妻の心の趣深さを知って、もとの鞘におさまったというお話です。
男は摂津の国(現在、大阪府と兵庫県の一部)に所領があり、風光明媚な難波の浜辺を見物しておりましたところ、こぶりの蛤を見つけます。この蛤には海松 (みる)と呼ばれる鮮やかな緑色をした海藻がふさふさと生えて、なんとも「興」があります。男はこれを「我が去りがたく思ふ人のもと」に届けるよう、とも の童に命じます。ところが童は、男が想う今の女でなく、もとの妻へ届けてしまいます。もとの妻は「我が上るまで失はで御覧ぜよ」と言付けられ、届け先が間 違っていることを感じながらも、たらいの水に蛤を入れて見入ります。十日ばかりの後、男は今の女のもとに戻ります。届けたはずの蛤は当然ありません。男が 蛤のことを話すと、今の女は「持て来たらましかば、蛤は焼きて食ひてまし。海松は酢に入れて食はまし」と言います。男は女の言葉に興ざめしつつも、蛤を取りに遣らせます。もとの妻は、一首の和歌を書き付けた陸奥紙(みちのくがみ)に包んで返します。男は、もとの妻が蛤を大切にしていたことに、その人柄を想 い、
あまのつとおもはぬかたにありければみるかひもなくかへしつるかな
と書き付けられた和歌に心を動かします。そして、今の女が「貝は焼いて食べましょう。海松は酢にひたして食べましょう」と言ったことを思い合わせ、蛤を携えて、もとの妻の所へ帰って行くのです。
焼き蛤と、海藻の酢の物。なんとも、おいしそう。でも「品賤しからぬ」男にとっては、食い気より情趣をかいする心のほうが得がたいものに思えたのでしょう。
難波の海は、海の幸の宝庫でありました。江戸時代に編纂された名所図会などにも、摂津難波の名物として海の幸と、それを加工した食べ物が数多く挙がります。
今回取り上げた『今昔物語集』には、天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)を舞台とする、話柄も豊富なショートストーリーが集められています。人々の 暮らしぶりを知るために有用な文献でもあります。ふさふさした海松を生やした蛤を、愛しい女に届けて、「私が戻るまで大切にして見ていなさい」と言付けようとする男の行為に、ちょっとHなものも感じられます。
「今昔物語」について
「今は昔」という冒頭句をもつ、1059話のショートストーリー(題のみ伝え、本文が欠けるものもある)を全三十一巻(うち、巻第八・十八・二十一は欠ける)に編成する。編者未詳。成立年時は不明ながら、登場人物ならびに事件の下限は1100年前後である。