『夫婦善哉』

東西は御堂筋と日本橋の真ん中あたり、南北は道頓堀と千日前通りの真ん中あたり。そんなミナミのど真ん中に法善寺横町がある。さらにその横町の中心になっているのが水掛け不動として有名な西向不道明王が祀られた境内で、その一角に、今も大阪の観光名所の一つである「夫婦善 哉」のお店がある。「月の法善寺横丁」という懐メロも有名だが、ここまで法善寺横町と夫婦善哉をポピュラーにしたのは、なんといっても、大阪出身の作家・ 織田作之助の小説「夫婦善哉」と、それを映画化した豊田四郎監督の同名作品の力だろう。

元芸者でしっかり者の蝶子と、船場(原作では梅田新道)の卸問屋の若旦那だったが、蝶子との関係がもとで勘当された ぼんぼんの柳吉。やさしいがゆえに残酷な甲斐性のない男と、健気で一途で甲斐性あるがゆえに男と別れられない、良縁とも悪縁ともいえる男と女の不思議を、濃やかに描写された大阪の町の風情や大阪人特有の心情のなかに描いた傑作。主演の森繁久彌と淡島千景が名演を披露して出世作とした。

映画には原作ほど食べ物屋が登場せず、織田作本人が愛したカレー屋「自由軒」が何度も登場する。だからこのコーナーでも、カレーを取り 上げたときに紹介しても良かったのだが、それでもやはり柳吉と蝶子が「夫婦善哉」で二つの椀に盛られたぜんざいを仲良く食べ、そのあと小雪舞う小路を肩寄 せ合って歩いていくラストシーンの情感は、なんとも言えぬいい味で、どうしても「夫婦善哉」の紹介でこの作品を取り上げたかったのだ。このシーンに使われた有名な名せりふ「頼りにしてまっせ、おばはん」は原作にはない。やはり大阪出身で、織田作の世界を深く深く愛し理解した名脚本家・八住利雄のすばらしい 創作だ。(織田作之助の原作を八住利雄が脚色した作品には他に『螢火』『わが町』などがある)

現在の、実際の「夫婦善哉」は、水掛け不動さんの境内の、文字通りの一角にこぢんまりとある小さなお店で、L字型になった店内は一坪半ぐらいしかない。メニューは夫婦善哉の一品だけで、だから黙って座れば、おばちゃんが二つの汁椀に一つずつ白玉の入ったぜんざいをすっと出してくれる。値 段は五百円。「ここのお店、昔はもう少し大きかったですよね」と尋ねたら、「私が来たときは、もうこの大きさだったので判りませんわ」とおばちゃん。する と隣の席でぜんさいを食べていた年配のお客さんが、「今は隣のお店の一部になっている、この奥まであって、今の3倍ぐらいでしたわ」と教えてくれた。ぜん ざいのせいだけでなく、すっかり暖かくなった気持ちで店の前に出たら、小さなお福さん人形が、「またお越し」と笑ってくれた。

『夫婦善哉』(1955年)

監督/豊田四郎
原作/織田作之助
脚本/八住利雄
出演/森繁久彌,淡島千景,司葉子,浪花千栄子,小堀誠