『泥の河』

阪・梅田の西の端、2層の阪神高速が中空を走るその下に、石畳みの橋がある。名前は出入(でいり)橋。その橋のすぐ近くに、屋号もそのまま「出入橋きんつば屋」 という、とてもおいしいきんつばを売るお店がある。

ここのきんつばは、ちょっと小ぶりで、口に入れると上品な甘さがひろがり、舌先に少しだけ小豆の触感が残る口当たりがまたいい。

そこで今回はきんつばのお話。「えっ、きんつばって大阪名物だっ け」の声が聞こえてきそうだが、確かに名物ではないにしろ、ここのきんつばは、知る人ぞ知る大阪の名品と言ってよく、なにより、きんつばが出てくる、とてもいい大阪の映画があるのだ。

それが、小栗康平監督の『泥の河』である。
原作は宮本輝の同名小説。舞台は戦争の傷跡が未だ残る、昭和30年代初めの安治川河口付近。

そこで大衆食堂を営む一家の一人息子、小学生の信雄が知り合った、同い年の少年喜一と姉の銀子。二人はいつしかこの地に流れ着いた川に浮かぶ船に住み、二人の母はそこで男たちに春をひさいでいた。

そのため幼い姉弟は周囲の白眼視のなかに生きている。だが、そんなことは子供の世界には関係ない。体が弱く、引っ込み思案の信雄にとって、二人はかけがえのない友達であり、信雄の両親も二人にやさしかった。でも、天神祭りの夜、見てはいけないものを見た信雄に、別れは突然訪れる。

作品全体を透明な悲しさが覆い、人は悲しみを知ることによって大人になるのだということを、痛切に胸に刻みつけられる。大阪を描いた映画で、これをベストワンに挙げる人も多い。

では、そのどこにきんつばが出るのかというと、主人公・信雄の父親が、うどんや丼ものが主の食堂の店先で、一人焼いているのだ。それが唯一の趣味なのだ。

演じるのは田村高廣。戦争で辛酸をなめ、生き残ったことに複雑な思いを抱きながら、今を淡々と生きる男。静かにきんつばを焼く姿に人生が滲む。映画の主筋とは関係ないけれど、田村高廣の味わい深い演技に、きんつばが見事に寄り添うのだ。これもまた、大阪の"食"である。

『泥の河』(1981年)

製作/木村プロダクション
監督/小栗康平
原作/宮本輝
脚本/重森孝子
出演/田村高廣、藤田弓子、加賀まりこ、朝原靖貴、桜井稔