『どついたるねん』
今年2月、ある雑誌の仕事で、阪本順治監督を、彼の東京の事務所に訪ねた。インタビューの目的は、その雑誌が特集した、大阪の新世界・阿倍野の思い出を語ってもらうことだった。堺で生まれ育ち、中学・高校時代から、よくこの辺りを一人でほっつき歩いていたという阪本監督。裏通りの壁の、忘れられたような 看板までよく知っている。その頃から、いつかこの街で映画を撮ろうと思っていた。だから、日本映画界に新風を吹き込んだデビュー作『どついたるねん』も、 通天閣の真剣師(賭け将棋師)を描いた『王手』も、通天閣とビリケンさんを主人公にした『ビリケン』も、決して偶然に生まれたわけではないのだ。もちろん、この界隈の食べもの屋にも詳しい。撮影中によく行く店や、撮影とは関係なしに、帰阪したときにフッと立ち寄る店もある。
「そうそう、あの店のアレなんか、突然食べたくなることがあるんだよな。特に二日酔いのときなんか。カウンターに置いてあるとうがらしをてんこ盛りにかけてね」と、懐かしそうに、そしてちょっとバツがわるそうに言う。
あの店のアレ、とは、ジャンジャン横町を通天閣側に抜けたところにある「丸徳」のホルモンそばだ。このお店、もともとは沖縄料理をメインにした居酒屋さんだったと思うのだが、いまではすっかり、看板にも書いてある、ホルモンうどん、ホルモンそばの店として有名なのだ。ホルモンうどん・そばってどんなん?っ ていうと、おつゆをはったうどんやそばの上に、煮込んだホルモン、つまり牛の内臓が乗っているもの。かなりエグそうと思うのは判るが、あにはからんや、意 外にあっさりしていて、つゆに溶け込んだホルモンの味と成分が、いいだしになっているのだ。おつゆの色が煮込んだホルモン色でちょっとびびるけど、口に運んでみると、これが結構イケル。それがまた、うどんのみならず、そばもあるのが凄いよね。しかも、そばは日本そばと中華麺の選択ができるのだ。渋いねえ。 僕としてはうどんがお勧めだが、阪本監督は日本そばのホルモンそばがお気に入り。『どついたるねん』の中でも、主役の赤井英和と、ボクシング・トレーナー役の原田芳雄が、二人仲良く並んで食べているシーンがある。大阪を離れようとする(結局、ここではそうはならないのだが)原田を、赤井が「最後にメシ、おごるわ」と連れていったのが、この店だった。阪本監督も、突然、憑かれたように食べたくなるというホルモンそば、残暑厳しい季節にぴったり、一度食べると あなたも病み付きになるかも、だ。
『どついたるねん』(1989年)
製作/荒戸源次郎事務所
監督/阪本順治
脚本/阪本順治
出演/赤井英和、相楽晴子、麿赤児、美川憲一、原田芳雄