ぼたん鍋は『猪』の鍋!

てっちり、つまりふぐ鍋と並んで冬の食べ物の王者は猪肉を食べる「ぼたん鍋」だ。

皿に盛りつけられた猪肉が、ぼたんの花のように見えるところから名づけられた。因みに馬肉鍋はさくら鍋、鹿鍋はもみじ鍋と称する。日本人の美的センスを示すネーミングではないだろうか。

さて、猪に話を戻して、猪肉は昔は薬にかわるものと考えられていた。これを食べることによって体に精力がつくというので、病後の人などは競って食べた。生きている猪の、猪突猛進などという言葉で象徴されるファイト一杯の状況から連想されたのであろう。

『池田の猪買い』は、兵庫県池田の山中に、大阪に住む男が新鮮な猪肉を買い求めに出かけるシーンから物語が始まる。

目ざす山猟師に会ったまではよかったが、今朝獲ったばかりの猪肉を見ても、大阪の男は信用しない。

目の前で生きている猪を射てと主張する。困った猟師はしぶしぶ鉄砲をとり上げ、男の前で一頭の猪を射止める。

だが、弾丸が体をかすっただけだったので仮死状態だった。それを猟師が鉄砲の尻でたたいたものだから、猪が逃げ出した。

それを見て猟師「これ客人、この通り新しい」

猪肉に限らず、食材は鮮度を求められる。とりわけ猪肉はそれが大切であることを知る噺である。

厳寒の夜、町内の火まわりを当番制でやっている人たちがいる。酒の持ち込みはご法度だ。だが、ぼたん鍋で一杯やるつもりの男が役人に見つかった。風邪ぐす りを煎じていると嘘をつくが、役人に見すかされて、すっくり呑んで食べられてしまう。役人「町内をまわってくる間に、二番を煎じておけ」

『二番煎じ』という一席である。

あれやこれや、冬の夜は猪談義がつきないのである。

落語の部屋の料理の小箱
『"薬食い"イノシシ食べて風邪知らず』

イノシシ・食肉の歴史

馬や牛が存在しなかった縄文・弥生時代にはイノシシはすでに食用されており、古事記や日本書紀にも記述が見られます。その後、仏教が日本に伝来するとその 影響で肉食が禁じられましたが、美味とされたイノシシの肉は江戸時代でも「山鯨」と称して食べ続けられていました。江戸末期には、寒い時期に保温・滋養の ために食す「薬食い(くすりぐい)」として庶民にも親しまれていたようです。そして、明治時代、肉食禁止が解かれると、みそ仕立てのぼたん鍋が生まれ、よ り大衆化していったのです。

ぼたん鍋のふるさと

イノシシはほとんど日本全国の山々に生息していますが、丹波篠 山、静岡の天城山、岐阜県の郡上が日本の3大名産地といわれています。なかでも1900年初頭に「ぼたん鍋」を生んだとされる丹波篠山は、絶品美味のイノ シシ肉を産するといわれる地域。その理由として挙げられるのが、生育環境です。山々は高くなくてもよく、岩山や起伏に富んだ険しい形である方が良質のイノ シシは育つといわれています。雑木林や竹やぶに体をぶつけながら走り回ることでたくましく育つそうです。「イノシシ肉の良し悪しを見分けるのは爪の摩滅度 を見る」といわれるほどですが、篠山の山々を駆け巡るイノシシの爪は例外なく丸くなっています。さらに、篠山は昼夜の温度差が大きいため、野の幸、山の幸 に恵まれ、秋の野山は猪にとって絶好のエサ場。豊富な木の実に加え、栗、松茸、山の芋、黒大豆、コシヒカリなど美食に糧に、良質のイノシシが育つのです。

シシ食うてぬくい

イノシシは、落語の題材の他、「シシ食った報い」や「シシ食えば 古傷がうずく」などことわざになったりと生活に密着しています。「シシ食えば古傷がうずく」とは「古傷がうずくほど精が強い」ということから生まれた言 葉。また、「シシ食った報い」は、これは関西弁の「シシ食うてぬくい」にかけたものではないかという説があります。関西弁で「ぬくい」とはあたたかいという意味。天下一品のイノシシ肉の産地を擁する関西は、とりわけ古くからイノシシ肉に親しみ、独特の洒落気で言葉遊びを楽しんでいたのでしょう。

イノシシ料理

肉質は、豚、牛よりやや堅く、牛のように赤味の肉の中に脂肪を貯えるような肉ではありませんが、豚同様、赤味の肉の外に脂肪分があり、長く炊き込んでもかたくならないため、煮込み料理に適しています。もちろん焼肉にしても 美味。しょうが醤油、または味噌や唐辛子をまぶして網で焼いて食します。しかしなんといってもイノシシ肉といえば「ぼたん鍋」。イノシシの骨などで取った スープにみそを入れ、温めた鍋にしいたけ、春菊、ネギ、エノキ茸等季節の野菜類、そしてイノシシ肉を加え煮込みながらいただきます。体の芯から温まる滋味 深い味わいの冬の風物といえる一品です。

滋養豊富なイノシシ肉、寒さ厳しい季節に美味なる"薬食い"はいかがでしょうか。

「池田の猪買い」(抄)

池田といえば今では大阪のベッドタウン、電車で20分程の所ですが、歩いて行くしかなかった時代には、大阪から池田かて相当な旅であった訳ですな。ある男が冷え性で困っておりましたところ、それには新しい猪肉が効くと聞きまして、はるばる池田までやって参りました...

エーと、このへんやな。ちょっとものをお尋ねします
はい
山猟師の六太夫さんのお宅はどちらでやす
ああ、六太夫なら手前じゃ
あァさよか、拍子の悪い。何軒ほど手前でやす
何を言うてんのや、この人は。ここが六太夫のうちじゃ
お留守ですか
だいぶ変わってるなあ、この人は。お留守ですかて、内から応対してりゃ居てるのに決まってるやないかい
暗うて見えんなあ
田舎の家というものはくすぶってるわ。まあこっちへ入れ。わしが六太夫じゃ
はァさよか、あんたが六太夫さん
そや
ほんまに六太夫さん
えらい疑り深い人が来たな。ほんまに六太夫じゃ、わしが
さよかァ、わたい芝居で見てまっせ。山猟師ゆうたらあんた、早野勘平、尾張伝内、みな色の白い二枚目やが、あんたは髭面...
芝居と一緒になるかい、山猟師ちゅうたらみんなこんなもんじゃ
あぁさよか。実はな、新しい猪(しし)の身を分けてもらおうと思て、大阪から来ましたんや
おうおう、それはええところへ来なはった。ちょっとこの上を見てみなはれ、ぶら下げたあるじゃろ。これは一昨日仕留めてきた猪じゃ、いたって新しい
えへ、その手は食わん
何がその手は食わんじゃ
わたいら素人や、そんなん、これが一昨日仕留めたやつか一昨年の猪か...
一昨年の猪てなものは無いわいな、これはほんまに新しいねん
いやいや、目の前でドーンと仕留めてもらわんと信用がでけん
一体、猪はどれくらい要るねん
五百匁でよろしいのや
五百匁やそこらのことで、わざわざ山へ撃ちに行けるかいな
そんなこと言いなはんな。大阪からはるばる来てまんねや。表を見てみなはれ、白いもんがチラチラしてまっせ。こういう日は猟がたつ
嬉しいことを言うてくれたな、猟が立つ。その一言が気に入った。アー、ほんなら一つ出かけるとしょうかい
--さあ、それから連れ立って山へ来てみますと、運の良いことに猪が見つかりました。これを犬が追い立ててきます...--
ほんにほんに出てきた出てきた、うわあ、大きな奴が二匹も出てきた。あれは親子でやすか夫婦でやすか
今時分は親子連れでは歩いていない。あれはオスとメスじゃ
へえー、どっちがオンでどっちがメンでやす
今時分、メンはちょっと痩せてるでな、大きい方がオンじゃ。どっちを撃とう
あァ、どっちの身の方が美味い
そら、メンの方が柔らこうて美味い
はァさよか、そんならメンの方を
よし、ほんなら暫く静かにしとれよ
そやけど、わたいは五百匁しか買えへんのや。あんたらは目方で商売しなはんのやろ。大きいオンを逃がして小さいメンでは、そら気の毒やな。
そうかい、ほなまあ、オンを撃とか
そやけどメンの身の方が美味いやろなァ
ほな、メンを撃とか
でも気の毒やなあ、やっぱりオンにしてもらおか
オンにするのやな
メンにして
メンやな
オン
どっちにするのや、早う決めんかいなもう。逃がしてしもたら何にもならん
もうどっちゃでもかめへん、撃ちやすい方を撃っとくなはれ
--横からごじゃごじゃ言うもんでっさかい、六太夫さんもイライラして思わず引き金に力が入った。ダーンと撃ったんですが一寸手元がくるうて、弾が猪の耳元をかすって傍の岩に当ってパチンと跳ね返った。さあ、火花でも目入ったんでしょうか、猪の奴、はずみを食ろうてひっくり返ったかと思うと、ウーンと気ィ失いよった...--
そらどうじゃ客人、そばで見たらまた一段と大きかろうがな
なるほど大きなもんでんなあ、ところでこれ、新しいか
ええかげんにせえよ、新しいも何も、いま目の前で仕留めたんやないかい
そやけど、わたいらがここまで来る間に、誰かが古い奴を担いで来て、これとすり替えたかもわからへん
ようそんなことを言うな。猪が新しいか古いか、こうしたら分かる
--怒ったとみえて六太夫さん、鉄砲を逆手に持ちますと、バンバンと猪を打ちすえた。その拍子に目が覚めたのか、猪がクルッと起き返りますと、向こうへさしてトコトコトコトコ...--六客人、あの通り新しいがな
参照:
「池田の猪買い」は、次のようなものに収録されています。
・米朝落語全集・第一集(創元社)
・笑福亭松鶴・古典上方落語・上(講談社)
「二番煎じ」は、次のようなものに収録されています。
・露の五郎・島の内寄席ライブ・第一集(キング)
・初代桂春団治大全集・第一集(キャニオン)