実りの秋『米』を腹一杯食おう!
実りの秋である。おいしい新米の季節になった。
米は日本人にとって主食であるので、さまざまな料理に応用される。そのため落語に描かれる頻度が多い。
一番多いのは「すし」である。これはこの「落語の部屋」の第四席にご紹介したので、重複を避けたい。
「餅」もよく出てくる。『蛇含草』は、知人宅で餅を食べすぎた男が、蛇が蛙などを呑み込んだ時に消化のために食べるといわれる蛇含草という草を食べる。しばらくして友人が様子を見に行くと、くだんの男が消えて、餅が羽織を着て座っていた、というSF調の噺である。
大みそかの夜、正月の餅がつけない夫婦がいる。世間体の手前、主人は女房の尻をたたいて、餅をついている音を立てようと一計を案ずる。初めはうまくいったが、余りの痛さに女房「あとの一臼は白蒸で食べてくれ」。
これは『尻餅』という一席。餅をつくしぐさがおもしろい。「おにぎり」が出てくる噺は『相撲場風景』だ。早朝から相撲見物に来て腹を減らしている男、目の前 の客が大きなにぎり飯を振りまわしながら応援しているのが気になってしようがない。そのうちに「しっかり(相撲を)取れ!」との言葉を、にぎり飯を取って もいいと聞き違え横取りする様子を描く。
『追いだき』は、ご飯を炊くのが専門の男がいて、客が急に増えたので、追加で炊くのを心配する内容だ。ご飯を食べ過ぎて親方から放り出された男が、一念発起して横綱に登りつめるサクセスストーリーの『阿武松』もおもしろい。
『いもりの黒焼』は、ほれぐすりと評判のいもりの黒焼を、米俵に間違ってかけ、米俵に追いかけられる展開。米の相場師は、絶対に下げるという言葉を使わないという『米揚げいかき』など、米が出てくる噺を捜すのに苦労しない。
落語の部屋の料理の小箱
『ごはん』
米食の歴史
古代から日本人の生活に深い関わりのある米。縄文時代に日本の原始米である赤長米が栽培されはじめ、紀元後3世紀に栄えた邪馬台国の時代には稲作栽培の農 業社会もほぼ完成されていたと考えられています。高温多湿の日本の気候が稲の栽培に適していることもあって次第に定着。こうして、稲作農業の発展とともに 米栽培の共同労働、農村共同体、水の管理などが重要となり、米を中心とする社会が築かれていくのです。
また、日本書記で持統天皇の元(げん)687年に精米を神へのお供えとするという内容の記述がみられ、このころには精米が行われていたようです。
米の信仰と伝承
稲作は気候の影響を強くうけるので、古代の人々は神々の力で稲がつくられると考えていました。そのため、田植えのはじまる時期は豊作を祈る神事(田植え祭 り)、秋には水田を守る神への感謝の祭りが行われました。この田植え祭りで起きた芸能「田楽(でんがく・田植え祭りの舞楽)」は、やがて猿楽、能、猿楽 能、芝居能となり、さらに今の歌舞伎(かぶき)へと発展していったのです。また、現在も各地の神社でおこなわれる夏祭りは、稲の病害虫、鳥害、干害を防ぐために祈った「虫送り」や「鳥追い」、「風まつり」、「雨ごい」などの神事 を起源とするものが多いようです。
おにぎりとおむすび
遺跡の発掘から、おにぎりはすでに弥生時代の中ごろには存在していたことが分かっています。当時人々は、天地万物を産みなす「産霊(ムスビ)の神」を信仰 し、お供物としてごはんを握り捧げていました。ちなみに、この握りごはんは、丸い球のような形だったそう。そしてこの「むすび」が、室町時代に宮中の女官たちが使う"女房ことば"になり次第に一般にも 定着したのだといわれています。また一方、平安時代以降、武士の携行食として発達した「にぎりめし」は、「お」がつく女性語に変化し「おにぎり」となって 広まりました。関西では俵型の「おにぎり」、関東では丸型や三角型の「おむすび」が一般的といわれていましたが、昨今は全国的にコンビニエンスストアのか わり種三角型おにぎりが主流なのかもしれません。
大阪流・ごはんもの
大阪ならではのごはんものといえば、「大阪寿司」と「鯛茶漬け」、そして「かやくご飯」です。「大阪寿司」は「箱寿司」「押し寿司」「棒寿司」など木枠にすしめしと具を入れ押しをかけて少しおき、切って食べる寿司の総称。豊かな食材と技が凝縮された大阪の食文化 の結晶といえるでしょう。また、鯛の切り身を具にする「鯛茶漬け」は、店によって切り身をごまだれで和えたり、お茶ではなくだしをかけたりと調理法はさま ざま。大阪で魚の王様といわれ好まれる鯛を使った贅沢な一品です。そして、「かやくご飯」は、ニンジン、ゴボウ、シイタケ、コンニャク、油揚げなどを細か く刻み、醤油とだしで炊き込んだ"炊き込みごはん"です。もともと、船場の商家で奉公人のために余り物を利用して作ったもの。"かやく"は"加薬"と書 き、主要素(ご飯)に補助要素(具)を加え、効能(おいしさ)を補強する意味だとか。手頃な材料で作れておいしく、そのうえ一度にご飯とおかずが食べられ る「かやくご飯」は、大阪人の合理主義にも合い、今も広く愛されています。
「蛇含草」(抄)
| 甲 | 暑いこってんなあ |
|---|---|
| 乙 | おう、まあこっち入りいな、暑いなあ |
| 甲 | 暑いなんてもんやおまへんで、褌の上から甚平一枚で歩いてんのに、背中がジリジリ焦げ付くようだ |
| 乙 | まあまあ、そんな格好してると、かえって暑いねん。薄物でも一枚ひっかけて、体を覆い隠している方が、かえって涼しいのやがな |
| 甲 | しかし、お宅はよろしいな。隅々まで拭き清めた上に、ちゃんと籐蓆が敷いたあって、夏座布団。庭の方を見ると、簾が吊ってあって、風鈴が下がってて、庭には水が打ってある。ほんま、身内へ汗が収まるようですわ |
| 乙 | まあ、気分やな、人間は |
| 甲 | 床の間かてそうですなあ、夏はやっぱりこの山水、墨画でんな...、あれっ、何でんねん、こない綺麗にしてはるのに、こんなとこに汚い草をぶらさげて |
| 乙 | ああこれか、これは只の草と違うのや |
| 甲 | 何でんねん |
| 乙 | これは蛇含草というてな、嘘かほんまか知らんけど、うわばみが人を飲み込むと、腹がこない膨れ上がって、さすがのうわばみも、のた打って苦しむそうな。その時に、この蛇含草を探し出してペロペロッと舐めるというと、腹の中の人間が溶けて楽になると言うねん |
| 甲 | へえー、ほなこれ、うわばみの胃腸薬みたいなもんでっか |
| 乙 | まあまあ、そんなもんやろな。魔除けになるとか言うので、こないしてぶら下げてあるんやがな |
| 甲 | 珍しい話を聞いたなあ、そうでやすか。これ、ちょっとおくなはれ 乙 はあ、よかったら持って行きなはれ、こない仰山、わしも要らんのや |
| 甲 | ほな、ちょっと手え出さしてもろてと...、もうしあんた、この暑いのに火鉢に炭ついで、お茶やったらよろしいで |
| 乙 | いや、ちょっと餅を焼こうと思て、火をこしらえてんね |
| 甲 | 今時分に餅やなんて、どないしはったんです |
| 乙 | 親類に祝い事があったんで貰たんやけど、餅箱に一杯、こない仰山あるのや。夏の餅は足が早いと言うさかいな、暇に焼こかいなと思て |
| 甲 | こらええとこへ来たなあ、わたい餅がいたって好きでんねん |
| 乙 | へえ、お前はん、お酒も相当いけてやったが、何かいな、餅もいけるのかい |
| 甲 | へえ、わたい、酒も餅も好きでんね |
| 乙 | そら得な性分やなあ |
| 甲 | ああ、ちょっと、ちょっと、もうそれ真ん中のほうは焼けてまっせ。入れ替えないかんがな。いや、端と入れ替えな焦げてしまう、もっと手まめに...ああ、あかんがな、焦げる...ああっ(思わず手を出して食べてしまう) |
| 乙 | そら何をするねんな、この男は。人が一つおあがりとも言わん先に手を出して。親しき仲にも礼儀ありやないか |
| 甲 | あんたと、わたいと、何や |
| 乙 | 大きな声を出しないな。古い友達やがな |
| 甲 | その古い友達が、目の前に座って、いたって餅が好きやと言うてんねやで。そしたらお前はんの方から、さあおあがりやすと言う、これが礼儀と違うか |
| 乙 | 何を言うねんな。わしはな、餅を惜しんで言うのやない、お前があんまり行儀がないさかい言うてんねん。食いたけりゃ、この餅、みな食うたかて何も言えへんわいな |
| 甲 | ホッ、これみな食てもよろしいか |
| 乙 | この餅、これ三十や五十やないで、これお前、みな食うと言うんかい |
| 甲 | いただきます。何だんねん、これくらいの餅、餅箱ぐち焼いて食たるわ |
| --もうここまで来たら、お互いに意地の張り合いですな。さあ焼け、それ食え、ちゅなもんで、片方がどんどんどんどん餅を焼く。こっちは片端から調子に乗って食べていく。と、そのうちに、のどまで餅で一杯になってしもた。-- | |
| 甲 | ヘッ、ウィー、あ、あと、幾つある |
| 乙 | 情けない声出すな、よう食べた。さあ、あと三つだけや、片付けてしまえ |
| 甲 | ああ...餅...餅をそっちへやってくれ、餅が鬼に見える |
| 乙 | おい、弱音を吐くな。まだ餅箱も残ってるで、さあ、餅箱ぐち焼いて食え |
| 甲 | ウホッ、堪忍して...もうあかん。あー、今日はわいが言い過ぎた、堪忍して |
| 乙 | そない言うのならええけども、もうこれに懲りて、あんまり意地のきたない真似するのやないで |
| 甲 | ウィー、もう去ぬ。おおけ、ごっつおはん。お辞儀がでけん |
| 乙 | そんなもんせんでええさかい、気いつけて帰り |
| 甲 | アイー、ちょっと鏡貸して |
| 乙 | どないしたんや |
| 甲 | 下駄のありかが分からん。下向いたら、鼻や耳から餅が出る |
| 乙 | 頭にまで餅を詰めるとは、タコみたいな奴やな。気いつけて帰るんやで |
| --もう、やっとの思いで家に帰りましたが、食い残してきた三つの餅のことが頭から離れません。なんとか腹がスーッと空く工夫はないもんかと思案しているうちに、はっと蛇含草のことを思い出しよった。これやっ、ちゅうんで、座り直してさっき貰ろてきたのをペロペロと...-- | |
| 乙 | おい、帰ってるか。さきは、わしもちょっと意地になって食わせ過ぎた、おい...また何や、この暑いのに閉めきって、おい、開けるで |
| --サーッと開けますと、蛇含草を舐めたもんだっさかいに、人間のほうがすっかり溶けてしもて、餅が甚平を着て座ってた。-- | |
「いもりの黒焼」(抄)
| 甲 | こんにちは |
|---|---|
| 乙 | おう、こっちへ入りいな |
| 甲 | あのォ、なんぞ女が惚れる工夫ちゅうのおまへんやろかいな |
| 乙 | えらい奴がとびこんで来たな。また、どないしたちゅうねん |
| 甲 | 実はわたいな、もう一緒になれなんだら死ぬッちゅうほど、惚れた女がでけてん |
| 乙 | ほう、いったい誰に惚れたんや |
| 甲 | この横町の、知ってなはるやろ、米屋の娘さんや |
| 乙 | ええッ。えらい女に惚れたなぁ。十町界隈にあれだけの娘はないという、評判の小町娘やで。そんなもんお前と...、そら無理や、あきらめた方が早い |
| 甲 | いや、あきらめきれんのや |
| 乙 | ほな、もう死んだ方がええわ |
| 甲 | そないあっさり言いなはんな。 |
| 乙 | そやかて、いくらなんでも...。ま、割れ鍋にも綴じ蓋ちゅう言葉があるくらいやから、お前はんにはお前はんらしい似つかわしい人ちゅうもんが出てくるやろ |
| 甲 | そんなこと言わんと、なんぞ女が惚れる工夫を... |
| 乙 | なんぎな男やなぁ、困ったなぁ。そや、お前はん、一見栄、二男、三金、四芸、五精、六おぼこ、七ゼリフ、八力、九肝、十評判てな言葉聞いたことないか |
| 甲 | 何のこってんねん |
| 乙 | これがお前、一から十までの、このうち一つでも身に備わっていれば、女ができるちゅうのやな。十もあるのやで |
| 甲 | 十もあれば一つくらいおまっしゃろなあ。で、何でんねん、その一見栄ちゅうのんは |
| 乙 | 見栄。なり形、着ているものやな。いっつも小ざっぱりとした身なりをしてたら、あの人は身なりを落とさん、なかなかしっかりしたもんやなあというて、それだけでも女は惹かされるちゅうねん |
| 甲 | なるほど。で、どうです、わたいのこの見栄、なり形は。これあんた、四季の着物ちゅうて、ちょっとその辺にはおまへんのやで |
| 乙 | 何やその、四季の着物ちゅうのは |
| 甲 | これ、初めは薄綿が入ってたんでっけども、綿が切れてみんな下へ落ちてしもたん。で今は、下の方が綿入れで、綿の抜けたところが袷で、裏の破れたところが単衣ちゅうわけで、一年中着られる四季の着物 |
| 乙 | そらあかんわ。そんな着物着てて女が惚れるかいな |
| 甲 | あきまへんかなあ。ほな、二は何でした |
| 乙 | 二男というて、こらまあ当たり前の話やが、男前が良かったらええがな |
| 甲 | どうです、わたいの男前 |
| 乙 | その顔をこっちへ出しないな。なんやゾーッとなるで |
| 甲 | そうでっかぁ。ほな、三は何です |
| 乙 | 三金というてな、金があったらええなあ |
| 甲 | 金で女がでけるか |
| 乙 | でけえでかいな。惚れ薬、何が良いかといもりに聞けば、今じゃわしより佐渡が土、ちゅうてな、佐渡の土、つまり金(かね)の力というものはえらいもんやで |
| 甲 | なるほど、で、どんくらい金があったらよろし |
| 乙 | そらお前、多いに越したことはないわな |
| 甲 | わたい今、一銭玉で十枚ほど貯えしてんねんけど、これで足りるやろ |
| 乙 | あほ、子供が駄菓子買うとんのとちゃうで、そんなんで話になるかいな |
| 甲 | あきませんかぁ。けど、最前いもりがどうとか言いはりませんでした |
| 乙 | ああ、昔からいもりの黒焼は惚れ薬と言われてるな |
| 甲 | あんなもんが効きますか |
| 乙 | それが効くのや |
| 甲 | そやけどあんなもんが効くんやったら、世間で苦しむ人おまへんで |
| 乙 | さあさあ、只のいもりでは効かん。ほんま物でないとあかんのや |
| 甲 | ほんま物て何でんねん |
| 乙 | ほんま物のいもりの黒焼というのはな、交尾をしているいもりを捕まえてくる。こいつを無理やり引き離して、別々に素焼きの壷へ入れて蒸し焼きにする。焼き上がったところで蓋を取ったら、立ち上った煙が山を隔てても一つになるというくらい思いの深い生き物なんや、あのいもりというのはな。そういうふうにして焼き上げた黒焼を、片一方を自分の肌身につけて、片一方を相手に振りかけると、これが効くのや |
| 甲 | はあっ、こらええこと聞いた |
| --さあ、一所懸命で金を段取り致しまして高津の黒焼屋へ行きまして、これを買うてきよっ た。何とか娘はんに振りかけようちゅんで、米屋の前をウロウロ、ウロウロしてますと、なんやおもろい顔した人がいると聞いて、娘はんがちょっと顔出しはっ た。しめたっ、と、いもりの黒焼をパァーッと振りかけた。ところが拍子の悪いことに、そこへ風がサーッと吹いてきて、傍らに積み上げてあった米俵に、黒焼 がかかってしもた。薬の力というのは恐ろしいもんで...-- | |
| 甲 | いややがな、米俵が追いかけて来るがな。ああ、どこへ逃げよ...、ああそや、ここへ隠れたろ。ここならわからへんやろ。...ああ、こっちへ曲がって来るがな。こらかなん、逃げよ、逃げよ、あんなんに寄られたら潰されてまうがな。 |
| 丙 | おーい喜ィ公、何をフーフー言いながら走ってんねや |
| 甲 | アー苦しい、助けてくれェ |
| 丙 | どないしたんや、何がそない苦しいねん |
| 甲 | 飯米に追われてまんのやがな |
「蛇含草」は、次のようなものに収録されています。
・米朝落語全集・第二集(創元社)
・桂米朝上方落語大全集・第二十集(東芝EMI)
「尻餅」は、次のようなものに収録されています。
・六代目松鶴・上方はなし・第二集(ビクター)
「相撲場風景」は、次のようなものに収録されています。
・六代目松鶴・上方はなし・第二集(ビクター)
「いもりの黒焼」は、次のようなものに収録されています。
・米朝落語全集・第二集(創元社)
「米揚げいかき」は、次のようなものに収録されています。
・初代桂春団治大全集・第一集(キャニオン)