夏バテ防止の特効薬は『鰻』料理だ!

夏バテを防ぐには鰻が一番と言い伝えられてきた。その鰻が登場する噺は、川魚では鯉と並んで頻度が多い。

最もポピュラーな噺は、東京で『素人鰻』、上方で『鰻屋』と言われるものだ。まだ素人に近い鰻屋が、客の注文に応じて鰻を料理しようとするが、指の間からヌ ルヌルと脱れ出て思うようにいかない。前へ前へと進む鰻と一緒に町内を一周してくる。「鰻屋どこに行きなはる」のからかいに「前にまわって鰻に聞いてく れ」

『鰻谷』は、鰻に関する雑学が披瀝 される。大阪の長堀川は、ヌルマと呼ばれた鰻でいっぱいだった。これを初めて料理にしたのが、川魚料理店「菱又」の主人で、かば焼にしたら評判を取った。 客が「これはうまい。お内儀(ないぎ)、なんという魚だ」とたずねたところからウナギと命名されるようになった。又、魚ヘンに日四又(ひしまた)と書いて 鰻という漢字が出来た。さらに長堀の南通りにも、内儀の名がお谷さんと言ったので、鰻谷という地名が付いたとのことである。

『鰻の幇間』という噺は、たいこもちが、初めて会った男と鰻屋に入る。呑んで食べて大散財となるが、その男が先に帰ってしまい、幇間がお金を払うはめになる。おまけに、今朝買ったばかりのゲタまではいていかれた、という、たいこもち受難の物語だ。

『鰻の天上』という珍しい作品もある。ウナギの頭を上に向けたばかりに、天に登ってしまった鰻屋がいる。一年後に空から短冊が落ちてきて「去年(こぞ)の今日 ウナギと伴に登りしが、今に絶えせず登りこそすれ」と書いてあって、「手を離す暇がないので代筆してもらった」という粋なオチで終わる。

他にも『鰻のかざ』は、隣の鰻屋が、においのかぎ代を請求してきたので、小銭の音をジャラジャラさせて代金にしたというストーリーのものなど、まだまだたくさんあるが、今席は腹八分目でオシマイ。

落語の部屋の料理の小箱
『精力絶倫!暑気払いに土用鰻』

土用丑の日といえば鰻。この土用丑の日に鰻を食べるという風習は、江戸時代に 平賀源内が広めたといわれています。鰻屋に依頼され「土用鰻」の宣伝コピーを店頭に掲げたところたちまち大評判に。鰻の栄養価の高さは、奈良時代『万葉 集』に大伴家持(おおとものやかもち)が「夏痩(や)せによしといふものぞ むなぎ(注1)とり召せ」と詠むなど古くから知られており、そのような伝承と 平賀源内の宣伝がうまく結びついて一気に広まったのです。(注1:"むなぎ"は鰻の意)

鰻の歴史

鰻を食用とした歴史は古く、日本の先史時代の古墳からウナギの骨が出土しています。しかし、どのように調理していたのか、食法は不明。その後、『風土記』、『万葉集』、『本草和名』などの文献にムナギ(ウナギ)の記述が見られ、調理法については未だ謎も多いようですが、塩などの調味料で味付けし焼いて 食べたようです。関西では安土桃山時代には一般的に広く食されるようになりました。

地方によって異なる鰻の調理法

室町時代以降、鰻を蒲焼にする調理法が発達しましたが、関西と関東ではそれぞれ独自の方法で広まり発展していきました。その分岐点は浜名湖の辺りだと考え られています。関東流では、鰻を背裂きにして、二つ又は三つに切り竹串に刺して皮の方から焼き始めます。この白焼の状態で一旦蒸し、その後タレにつけて蒲 焼にします。一方、関西流は、腹裂き、蒸しなしの地焼の調理法がとられています。腹裂きにした鰻は背鰭、尾鰭、頭をつけたまま金串に刺し焼き始めます。そ して、蒸しの工程のない地焼きといって白焼からすぐにタレつけをする焼き方をします。関東流で調理された鰻は、蒸しによって余分な脂が抜けるため、あっさりとし身も柔らかくなります。逆に蒸しを入れない関西流は、鰻の精分に満ち、芳ばしく香りもよいのが特徴です。

大阪の「まむし」

焼いた鰻をタレとともにアツアツのご飯の上にのせ、さらにその上にご飯をまぶしたものが関西流の「まむし」です。温かいご飯の間で鰻が蒸されるため、蒲焼の過程で関東流のように蒸す必要がないと考えられています。「まむし」の語源は諸説ありますが、ごはんとうなぎをまぶすことから「まぶし」がなまって「ま むし」になったという説が有力です。蓋を開ければ、鰻の姿はなく一口二口と食べすすむうちにふっくら柔らかい身が現れる「まむし」。近年は大阪でも関東流 の鰻丼を出す店が増えましたが、伝統的な「まむし」も根強い人気があります。

鰻料理

鰻は血液毒があるため、加熱する調理法が主。白焼、うまき、うざく、肝吸(きもすい)、鰻の柳川風や、大阪で食される鰻の半助鍋(頭部と豆腐を煮込んだ料 理)などがあります。そして、最も親しまれているのが蒲焼でしょう。タレが炭火のうえに落ちて焦げる煙が、鰻の表面を包み込み一種の燻製(くんせい)のよ うな状態になり旨味を逃がしません。滋味と風味の豊かな一品で、日本人の嗜好にも、鰻のおいしさを引き出すのにもぴったりな調理法です。

ビタミンAとEを多く含有する鰻は、栄養価が高く滋養満点。
夏本番を迎え体がバテ気味なこの季節には、鰻を食べて暑気払いを!

「鰻の幇間」(抄)

どこかにお座敷の口でもないかと、お客を探し歩いていた幇間。昼時も過ぎたというのに、なかなか首尾よくいきません。そこへ...。

かれこれもう3時かいな。いまさら手銭で何か食べるのも面白うないしなあ。あれっ、向こうで俺の顔見て笑ろうてる人がいる。誰やったかいな。ま、ええわ。や、旦那、どうもお久しぶりで。
はて、誰やったかいな。
誰やったかいななんて、お人の悪い。その節はどうもお世話になりまして。
気色の悪い人やな、黒い羽織なんか引っ掛けて...。ああ、師匠かいな。
へいへいどうも、あの時はひどう酔うてしまいまして。
いやいやこちらこそ、あの時は済まなんだな。またちょくちょく遊びに来てな。
へい、おおきにどうも。時にお宅はどちらあたりでしたかいな。
前の所のままや。
はあどうも。
また遊びにおいで。
あれあれ折角お目にかかれたのに、このままいうのも寂しいですな。どこかでお昼でも呼ばれたいもんで。
そやな。わしも用足しの帰りで腹が空いてんねん。どや師匠、鰻でも食おか。
てなことから、男が知っているという鰻屋に向かいます。
さあさあ師匠は先に上がって上がって。わしは先に注文済まして行くさかい。
へいどうもおそれ入りやす。
いや師匠、丁度よかったわ。いま出前に出すところのを、無理やりこっちへ回してもろたで。
よろしのかそんなことして。
かめへん、かめへん。知ってる店ちゅうのは自由が利くからええわ。さあ、酒が来た酒が来た。遠慮のうやってな。
へいどうも、じゃお酌を。
鰻も来たで。どや、柔らかいやろ。
ほんまですな。とろけるようですわ。
しっかり食べてな。後でご飯も言うてるさかい
へい、ありがとうさんでやす。
またちょいちょい遊びにおいで。
さて、お宅はどのあたりでしたかいな。
前の所や。
ああそうでしたな、前の所でしたな。皆さんお変わりなくお達者で...どうも、前の所と言いますと...。
せやから前の所やがな。
はあどうも、また伺います。
とか何とかやっているうちに、男が手水に立ちます。さては御祝儀でも戴けるかと幇間が待っておりますが、なかなか戻って来ません。
あ、ちょっとお姐さん、一緒に来たお客様はどないしはった。
ずっと前にお帰りになりましたけど。
帰ったあ...、ははあーんそうか。勘定だけ先に済ませといて、お釣りはお前のご祝儀にてな計らいやな。お帰りがけに何か置いて行きはったやろ。
いいえ、なんにも。
おかしいな。ま、馴染みの店らしいから心配は要らんやろけど。
いいえ、あの方は今日が初めてです。
えっ、それじゃお勘定は。
降りてこられて、わしはお供で二階にいるのが旦那やから、勘定は旦那からもろてと言いはりました。
な、なんやて。
もっとお酒を持って参りましょうか。
もうええ、もうええ。
ほなご飯を。
いらん。もう、えらい目におうてしもたがな。
あのう、お勘定を...。
わかってるがな、払うがな。せやけど高い勘定やな、何か間違うてへんか。
お供さんがお土産を4人前お持ちになりましたんで。
殺生やで、いくらなんでもそれは。せやけど何か変やったもんな。家を尋ねても前の所としか言わへんし。あーあ、あほなことしてしもた。
どうぞまたお近いうちに。
姐さんもきついなあ。おいおい下駄が違うがな。こんな汚いのと違うて表付きのがあったやろ。
ああ、それならお供さんが履いて行かはりました。
参照:
「鰻谷」は、次のようなものに収録されています。
「初代春団治大全集」(キャニオン)