夏は『日本酒』に限るで!
日本酒、それも冷酒のおいしい季節になった。仕事を終えて飲む酒の味は格別だ。一気に飲み干して、その液体が五臓六腑にゆきわたる時が至福の瞬間だ。
前々回ご紹介した『青菜』は、植木屋がある大家の庭の木を手入れした後に、その家の旦那から、高価な冷酒をふるまわれる噺だ。
酒の肴は、これまた高価な鯉のあらいで、植木屋を感動させる。さらに青菜が出てくる予定だったが、残念ながら家人が食べてしまっていて植木屋の口に入らない。そこから物語が意外な方向に発展していく。後は聞いてのお楽しみにしておこう。
『試し酒』という、比較的新しい噺がある。下男が大酒飲みだというので、五升飲んだらお金をやろうということでその主人と友人がカケをする。下男は初めてのことなので少し考えさせてくれといって家を出ていく。帰ってきて、五升の酒をすっくり呑んでしまう。びっくりして「どうしてさっき出て行った」とたずね ると、下男「表の酒屋で試しに五升飲んできた」
まことにスケールの大きい話で、一升ずつの大盃を一杯ずつ飲み干していくところに演者の力量が問われる。東京の柳家小さんが得意としている。
『市助酒』は、夜廻りをする市助に、商家が感謝して酒をふるまうストーリーで、市助の酔いっぷりを楽しむ展開だ。
飲み相手に呼んだのだが、酒の番ばかりさせて自分だけ飲んでいる『一人酒盛り』は、オチがいい。怒って帰る、まだ一滴も飲んでいない友人を見て「酒ぐせの悪い奴じゃ」
『運つく酒』は、旅の途中に造り酒屋でくり広げる噺である。
この他にも、酒がタイトルに付いた噺、酒がテーマの話は枚挙にいとまがない。
それだけ、われわれの日常の生活から酒が切り離せない存在であることを、落語が雄弁に語っている。
落語の部屋の料理の小箱
『百薬の長・病を避けるサケあれこれ』
日本酒の歴史
日本固有の米からつくったアルコール飲料・日本酒。そのルーツは、水稲農耕が定着した縄文時代から弥生時代頃、米から「口噛み」という方法を用いてつくられた酒だと考えられています。「口噛み」とは、加熱した穀物を口でよく噛み、唾液の酵素で糖化させ野生酵母によって発酵させる原始的な方法です。そして、現在の日本酒に近い酒がつくられるようになったのが平安時代のこと。その後、室町時代には奈良で仕込み桶が製造され、大量生産が可能となりました。この時 期に、清酒づくりの原型も整い近代清酒工業の基盤が確立されるのです。
サケの語源
古代から"マツリゴト"に利用された酒は、冠婚葬祭やさまざまなお祝い、節句などにつきもので、飲酒は重要な行事と考えられていました。古くから人々と密接な関わりのあった酒の語源には、諸説あるようです。そのなかから代表的なものを5つご紹介いたしましょう。
Ⅰ.神様の食事の意。("サ"は神様、"ケ"は食事を表す)
2.「栄之水」より"サカエ"が略されて"サケ"となった。
3.「栄のキ」より"サカエノキ"→"サキ"→"サケ"と転じた。("キ"は御神酒(おみき)を表す)
4.サケを飲めば病を避けることができることから「避ける」="サケ"となった。
5.「怪し(不思議)」の意よりサケの古語"クシ"がうまれ、"サケ"となった。
日本酒の種類
稲作文化のなかから生まれ発達してきた日本古来の醸造酒を一括りにして日本酒といいますが、原料や製造方法等によって名称も異なります。大きく分類するとⅠ.吟醸酒、2.純米酒、3.本醸造酒の3つに分けられます。吟醸造酒は、米を半分以下まで削り低温で発酵させてつくる、独特のフルーティーな香りと繊細な味わいを持つお酒です。純米酒は、水と米と米麹(こうじ)だけで作られるピュアなお酒。適度な酸味と濃厚な味わいが魅力です。また、本醸造酒は、水、米、米麹と少量の醸造用アルコールを用いてつくった、スッキリとした後味と軽快なのどごしが楽しめる日本酒です。
料理やその時の気分にあわせ、いろいろに楽しめるのも魅力ですね。
大阪の日本酒
地域特性に基づいた酒質形成が各地で行われていますが、大阪でも清澄な空気と水に恵まれた地域で日本酒がつくられています。古くから酒づくりの地として知られる池田の「呉春」では幻の米といわれる"赤磐雄町"を使った『特吟 呉春』が有名です。またその他、池田に程近い豊能郡能勢町では「秋鹿酒造有限会社」の『純米大吟醸・一貫造り』、交野市「大門酒造株式会社」の『純米大吟醸 利休梅』、羽曳野市「オキナ酒造」の『大吟醸 近つ飛鳥』、阪南市「浪花酒造」の『浪花正宗 大吟醸』、八尾市「長龍酒造」の『長龍 大吟醸』、河内長野「西條(資)」の『天野酒』と、名だたる名酒が醸造されています。
そして、大阪ならではの日本酒の楽しみ方といえば"フグのひれ酒"。フグの年間消費量の六割以上を大阪がしめるほど、大阪人はフグ好き。淡白な白身はもちろん、皮からひれまで余すところなく味わい尽くします。"ひれ酒"は、乾燥した鰭(ひれ)をあぶり湯のみ茶碗に入れて熱々のお酒を注いだもの。芳ばしい"ひれ酒"を飲めば、ポカポカと心も身体もあたたまります。フグのシーズンになるとスーパーなどにも"ひれ酒"用の干したひれが並びますが、これも大阪ならで はの風景ですね。
「ひとり酒盛」(抄)
転宅してきたばかりの独身男、部屋の壁が崩れているので、荷物もそのままに壁紙を貼っている。そこへ近所に住んでいる友達が訪ねてくる。
「手伝ってくれなくても良い」と言いながら、結局は荷物は片付けさせるやら、鍋焼きうどんは注文に行かせるやら、とうとう酒を飲む段取りまでさせてしまう。
| 甲 | これでまあ、だいたい格好ついたか。はあ。ほんまにすまなんだなあ。 酒はつけたあるか。鍋焼きが来るまで漬物でもこうやりながら、ゆっくりやろやないか、なあ。この酒はちょっとええ酒やで。わしな、こいつに限るんや。 どないや、もうついたんとちゃうか。早いかもわからんけど、ちょっといっぺん...。 (自分の湯呑に注いで飲む) ぬるい! こらもうちょっと入れとかないかんわ。燗は人肌てなこと言うけど、ほんまは人肌よりちょっと熱いくらいがええな。その呼吸やな。 さてもうええ時分かな。 (また自分の湯呑に注いで飲む) 熱い! これはちょっとつけすぎた。熱いけど...。 (相手に注ごうとして) あ、無いかァ。悪いけど次を入れといて。 いや、なんじゃかんじゃ言いながら飲むのやがな。漬物つまんでッと。 しかしこれから宜しゅう頼むで。なんちゅうたかて近所やさかいな。 さて、またつけすぎてはいかんぞ。湯はだんだん熱うなるさかいな。 (また自分の湯呑に注いで飲む) フーッ、これがほんまの上燗というやつや。 お燗が良かったらな、酒が勝手にスーッとこう体の中に吸い込まれるように入ってまうねん。おもろいなあ。 (とまた自分の湯呑に注いで) ほんっまにええ。これがほんまの上燗ちゅうやつや、これが。 (と相手に注ごうとして) ああ、無いかァ。ちょっと替りをつけといてくれ。酒はまだ仰山あるさかい。 ウーム、ええ具合になってきやがったぞ。 宿替えで朝から働きまわったやろが。ちょっと小腹の減ったところにクーッと入ったさかいポーッと、いやも、これが一番や。 さて、もうええころやで。つかりすぎたらいかんからなあ。 (また自分の湯呑に注ぐ) いけるかな(飲む)...これならええ。この燗ならええ。 さあ出し。 ...おい、なんちゅう湯呑を出すのや。茶滓がへばりついてるやないかいな。 酒の味が変わってまうで。洗てこい、洗てこい。 (また自分の湯呑に注ぐ) ほんまに酒飲みの風上にもおけん奴やで。 ああ、洗うて来たか。こっちへ出せ、こっちへ出せ。 (相手に注ぎかけて) ああ、無いなあ。これあの、次を入れといてくれ。 しかし、気持ち良うまわるで今日は。 宿替えも済んだし、おまはんという友達も来てくれたし。アッハッハ、めでたい。 どや、ひとつ久しぶりに唄を聞かせてえな。 あれえ、何をけったいな顔してんねん。 飲んだら飲んだような気にならなあかんで、お前はも一つ陰気な酒やさかい...。 オットット、火の勢いが強いさかい熱うなりすぎるで... (と自分の湯呑に注ぐ) つかり過ぎたやつは一番たちが悪い... (飲む) あ、そうでもなかった、これならいける。 ひとつワーッと唄おうや。なあおい。 (また自分の湯呑に注ぐ) |
|---|---|
| 乙 | ええ加減にせえ、こら。人をバカにすな。 |
| 甲 | 何を怒ってんねん。 |
| 乙 | 何ぬかしてんねん。お前が宿替えして来たちゅうて、俺は親切で来たってんのに、おのればっかりガブガブガブガブ飲みやがって。 |
| 甲 | まあ、そない怒らんでも... |
| 乙 | 何ぬかしてけつかんねん。もう帰る。こんなとこ二度と来るかァ。 |
| 甲 | けったいな奴やなあ。何を怒ってんねん。小さいときからの友達のくせに... |
| うどん屋 | エー、おまっとさんで |
| 甲 | おう、うどん屋か。こっち持ってきてくれ。 腹へったさかい、鍋焼き二つとも食てもたろ。 |
| うどん屋 | 今そこですれ違うたん、さいぜん注文に来やはったお方と違いますか。 なんや知らんけど、えらい怒って出ていかはりましたで。 |
| 甲 | 怒って...、アッハッ、ほっとけほっとけ、酒ぐせの悪い奴や。 |
「一人酒盛」は、次のようなものに収録されています。
「米朝落語全集・第二集」(創元社)
「桂米朝上方落語大全集・第二十一集」(東芝EMI)