『豆食品』は体にいいのです!

豆食品」の代表は豆腐と、その製造過程で出るオカラであろう。その両方が出てくる噺が、奈良を舞台にくりひろげられる『鹿政談』である。

正 直者の豆腐屋が、朝早く起きてみると犬が店の前に積んであるオカラを食べている。思わず割り木を投げるとそれは鹿だった。奈良では鹿を殺すと死刑と決まっていた。奉行はこの男を助けようと、あくまで犬だと押し通して無罪放免にする。奉行「きらずにやるぞ」と声をかけると豆腐屋「へい、まめで帰れます」

オカラのことをキラズとも言うことを知らないと判らないオチだ。これは上方落語だが、東京にも有名な演目がある。

『甲府い』という噺で、甲州から出てきた男が財布をすられ、空腹に耐えかねて豆腐屋の店先にあるオカラをつまみ食いする。これが縁でその店で働くようになり、主人に認められて結婚する。その報告に出発する男に、近所の人が「どちらへ」と訊くと、男「甲府い、お参り、願ほどき」

このオチは、豆腐屋が「トウふい、ゴマ入り、ガンモドキ」と売り声をあげるのに引っかけてある。

別名「酢豆腐」とも呼ばれる『チリトテチン』は、知ったかぶりの男に、くさった豆腐を長崎名産だといつわって食べさせる展開である。好物だと言った手前、男は目を白黒させて豆腐を口にする。味の感想を聞かれて男「ちょうど豆腐のくさったような味です」

『竜田川』は、業平の歌「千早振る神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとは」の珍解釈の噺である。おいらんの千早と神代に振られた力士の竜田川が廃 業して豆腐屋になる。そこへ落ちぶれの身になった千早が物乞いに来るが断わったので、千早が水にくぐって死んだ、というのである。

このほかにも、豆腐の出てくる噺は、マメに捜せばたくさんあるが、今回はこれまで。

落語の部屋の料理の小箱
『豆腐のマメ知識』

豆腐は、2000年の歴史を持つ健康食品。発祥の地は中国です。それから日本へは奈良時代に遣唐使の僧侶によって伝えられたといわれています。当時は、"腐"という文字に抵抗があったためか「おかべ(壁、白壁)」とよばれていました。

僧侶の精進料理だった豆腐はやがて貴族・武家社会にも広がり、本格的に庶民の食べ物として取り入れられるようになったのは江戸時代のこと。そして、日本各地で高野豆腐、豆腐の味噌漬、油揚げなどの加工品が作られ、独自の豆腐文化が発展していったのです。

一方、豆腐の生産過程で作られるおからは、起源を豆腐と同じくするものですが一般的に食べられるようになったのは比較的新しいことだそう。食物繊維が豊富なことから栄養食品として見なおされ、庶民に普及したのが明治から昭和にかけてのことでした。それまでは、ごく一部の庶民の間で食べられていた以外、主に廃棄されたり家畜の飼料として利用されていたそうです。

味噌汁の具に、冷やっこにと私たちの食卓に欠かせない豆腐ですが、歴史が古いだけに調理法もさまざま。湯豆腐、豆腐あんかけ、味噌煮、豆腐田楽、揚げだし 豆腐、空也豆腐など伝統的な料理もあれば、近年のヘルシー志向から豆腐を肉のかわりに使った、豆腐ハンバーグ、豆腐ステーキなどもあります。また、関西と 関東で呼び名の違う豆腐料理も。がんもどきとひろうすです。がんもどきは、鳥類のガンの肉に味が似ていることから付けられた名ですが、関西では、ひろうす またはひりょうず(飛竜頭)と呼ばれます。こちらの由来は、ポルトガル語からきている説と、形が竜の頭に似ている説があります。

さて、大阪ならではの豆腐料理といえば、半助鍋。豆腐と鰻の頭、葱などを一緒に煮込んだもので、うずら豆腐ともいわれます。大阪では、鰻の頭を半助やうず らといい、残った頭までをも利用して鰻の風味を楽しもうという大阪ならではの料理です。食道楽・大阪人の知恵が生んだ郷土料理といえるでしょう。

日に日に暑くなるこれからの季節。消化吸収がよく、良質のタンパク質と脂質に富み栄養的に優れた豆腐は、食欲が減退したときなどにぴったりの食品です。

「鹿政談」(抄)

昔は誤って殺しても死罪になったという奈良の鹿。三条横町の豆腐屋の六兵衛さんという人、おからを盗み食いしていた犬を追い払おうと割り木を投げたところ、当たり所が悪くてその場で死んでしまいました。ところが、犬と思ったのは実はこともあろうに鹿で...

奉行 豆腐屋六兵衛、面(おもて)を上げい。
そのほう生まれはいずこじゃ。
六兵衛 はい、奈良三条横町...
奉行 これこれ、住まいを聞いておるのではない、生まれを尋ねておる。
六兵衛 はい、奈良三条横町...
奉行 ああこれ、白州の威厳にうろたえては相成らん。そのほう奈良の生まれではあるまい。落ち着いて誤りなきよう申し述べよ。
六兵衛 ありがたいお慈悲のお言葉、身にしみて嬉しゅう存じますが、私は嘘をようつかん性分で、爺の代から三代、奈良三条横町で豆腐屋を営んでおります。
奉行 ...ウム、爺の代から三代の奈良住まいとあらば、鹿を殺せばどのようなことに相成るか存じおろう。
六兵衛 お使いの鹿を殺しましたは私の罪。どのようなお仕置きも覚悟いたしておりますが、後に残りました親や女房どもには、お慈悲の沙汰、ご憐憫のほど願わしゅう存じます。
奉行 ウム。神妙な申し条である。
鹿の死骸をこれへ持て。こもをはねい。
ほう、奉行見るところこれは鹿ではなく犬じゃとおもうが、これ町役一同、そのほうたちはいかが思うな。
町役甲 ハッ、手前もこれは鹿に良く似た犬と存じます。
町役乙 はい、こちらから見ましても、毛並みは鹿に似ておりますが、これは犬に相違ないと心得ます。
奉行 そのほうはどうじゃ。
町役丙 へい、相成るべくは犬ということにお願いしとうございます。
奉行 うろんなことを申すではない。とくと見定めて返答いたせ。
町役丙 犬、犬に違いございません。その証拠に只今ワワーンと鳴きました。
奉行 たわけたことを申すな。死んだものが鳴くものか。
町役丙 あまりの嬉しさに、嬉し泣きをしたようなことでございます。
鹿守役 恐れながら申し上げます。
奉行 なんじゃ、申してみよ。
鹿守役 手前、長年鹿の守役を務めておりますが、いかに毛並みが似たればとて、犬と鹿を取り違えるようなことはございません。
今一度とくとお改め願わしゅう存じます。
奉行 黙れっ。年々鹿には上(かみ)より三千石の餌料が下しおかれある。
しかるところ近頃その餌料の内を金子に替え、町人どもに高利をもって貸し付けておること、奉行の耳に入りおる。
餌もろくに与えぬによって鹿が町をさまよい、何ぞ盗み食うたに相違あるまい。
そのほう、たってこれを鹿と言い張るならば、餌料横領の儀より吟味いたすが、どうじゃ。
鹿守役 ハッ、その儀につきましては...いや...まったくもって...
奉行 今一度性根を据えて返答をいたせ。これは犬か。
鹿守役 ハッ。
奉行 鹿か。
鹿守役 ハッ。
奉行 犬か鹿か。
鹿守役 犬...鹿...蝶かと...
奉行 控えい。
鹿守役 恐れ入りましてございます。これは犬に相違ございません。
奉行 うむ。よくぞ申した。しからばこれは犬であるな。
犬を殺したる者に咎はない。引き下がってよろしかろう。
一同の者立て。
お奉行の見事なお裁きです。六兵衛さん、立って帰りかけようとしますと、
奉行 これ六兵衛、待て。
六兵衛 はい。
奉行 そのほうは豆腐屋であったな。
六兵衛 はい、さようでございます。
奉行 きらずにやるぞ。
六兵衛 まめで帰ります。
参照:
「鹿政談」は、次のようなものに収録されています。
「米朝落語全集・第3集」(創元社)
「桂米朝上方落語大全集・第22集」(東芝EMI)
「チリトテチン」は、次のようなものに収録されています。
「初代桂春団治大全集」(キャニオン、ミノルフォン)