鯉のぼりの季節は「鯉」の季節!
豆食品」の代表は豆腐と、その製造過程で出るオカラであろう。その両方が出てくる噺が、奈良を舞台にくりひろげられる『鹿政談』である。
正 直者の豆腐屋が、朝早く起きてみると犬が店の前に積んであるオカラを食べている。思わず割り木を投げるとそれは鹿だった。奈良では鹿を殺すと死刑と決まっていた。奉行はこの男を助けようと、あくまで犬だと押し通して無罪放免にする。奉行「きらずにやるぞ」と声をかけると豆腐屋「へい、まめで帰れます」
オカラのことをキラズとも言うことを知らないと判らないオチだ。これは上方落語だが、東京にも有名な演目がある。
『甲 府い』という噺で、甲州から出てきた男が財布をすられ、空腹に耐えかねて豆腐屋の店先にあるオカラをつまみ食いする。これが縁でその店で働くようになり、 主人に認められて結婚する。その報告に出発する男に、近所の人が「どちらへ」と訊くと、男「甲府い、お参り、願ほどき」
このオチは、豆腐屋が「トウふい、ゴマ入り、ガンモドキ」と売り声をあげるのに引っかけてある。
という皮肉な展開である。東京では『鯉どろ』とか『鯉こく』と呼ばれる。この例のように、落語には泥棒が出てくる演目がたくさんあるが、上方落語では全て「盗人」と表現する。
『鯉舟』は、網打ちに行った男性二人が、一匹の鯉を獲える。さっそく舟上で料理にかかる。髪結いの男が、包丁をかみそりのように持って、鯉の片身をひげを剃るようになぜているうちに、鯉がはねて川の中に逃げてしまう。しばらくして顔を出した鯉「こっち側も剃ってくれ」
擬人法のよく出来た噺である。二席とも人間国宝の桂米朝が得意としている。
この他に、『青菜』では、植木職人に旦那が鯉のあらいをふるまうシーンが描かれる。職人は、家に帰って、おからをあらいに見立てて珍騒動を巻きおこすが、庶民にとって鯉のあらいが高価なものであったことを証明する一例である。
『淀川』は、老僧が料理屋の前を通りかかると、まさに鯉を殺してあらいをつくろうとしている。老僧は殺生はいかんと、鯉を買い受け、川に放してやる。毎日やっ てきて同じように功徳(くどく)をほどこすが、ある日魚が何もないので、料理屋の主人は赤ん坊を手わたす。老僧それを受け取り川の中にドボーン。「ああい い功徳をした」
落語らしい奇想天外なオチだ。鯉のおいしい季節がぼちぼち終る。さあ急げ。
落語の部屋の料理の小箱
『淡水魚の王者・鯉』
龍に化する魚という伝説より、古くから中国や日本で親しまれてきた鯉。その堂々たる姿や生命力のたくましさ、栄養に優れた点などから、淡水魚の王者といわれています。
"鯉の滝登り"とは立身出世することのたとえ。「登竜門をくぐる(立身出世する)」の語源は、黄河の中流にある竜門を、魚たちが争って登ろうとして鯉だけがこの急流を一気に駆け登り、天まで登って龍と化したという伝説に由来します。このようにたいへん縁起がよいとされた鯉は、神社の供物や祝儀の宴会、端午の 節句ののぼりに、欠かせないものでした。
"鯉"の名の由来は、"恋""肥えている""味がこえている"など諸説あり、"鯉"と"鯛"は対で、小位(こい)、大位(たい)の意という説も。名前の由来 も多ければ、"鯉の滝登り""俎上(まないた)の鯉"などのことわざも多い。いずれにしても、古くから人々に身近な存在であったに違いありません。
また、鯉は古来より薬用魚と呼ばれ、薬効の多い魚。ビタミンB1を多く含み、タンパク質、脂質、カルシウム、鉄に富む滋養食品です。産後の母乳の出をよくするはたらきもあり、また健康増進にも役立つ健康食品でもあります。婦人病、 肝臓病、糖尿病や皮膚病にも良く、セキやぜんそくを鎮める効果も。その他、疲労回復、動悸、息切れに効く強壮効果もあり、栄養価的にもたいへん優れた魚です。
さて、大阪の鯉といえば"淀の鯉"。室町時代には文献に記述がみられるほど有名で、信州や各地に広がってそれぞれの土地で品種改良がなされました。"あらい"を食する日本では、鯉は育つ水によって味が上下するといわれ、長流の鯉が最上で、次に太湖、そして池沼とランク付けされるようです。したがって、"淀の 鯉"は最上の鯉。味にうるさい大阪人も納得の味覚だったのでしょう。
鯉料理で一般的なのはやはり"あらい"。その他"鯉こく"(鯉の味噌汁)、"照り焼き"、"味噌焼き"、"から揚げ"、"飴煮"、"山椒焼き"などがあります。そして「登竜門」の本場・中国では"鯛の丸揚げ甘酢あんかけ"が有名です。
名実ともに縁起のよい魚・鯉。水がぬるみ活動的になるこの季節が食べ
「鯉船」(抄)
回りの髪結いで磯七という男、若旦那が船で網打ちに出かけるのを目ざとく見つけ、強引に同乗します。
元来がこの「回りの髪結い」という商売、呼ばれたらどこへでも出かけて髪を結う商売で、道楽者が多く、若旦那連中の遊び相手としてお供したりもする便利屋的存在でした。
ですから小才の利く愛嬌者で、おっちょこちょいと相場が決っておりまして...
| 若旦那 | 磯七、お前ほんまに網打てるのんかい。 |
|---|---|
| 磯七 | そらもうわたいら小さい時分からやってまんねん。こないだなんか仲間で寄って博打してるところへ警察が来て... |
| 若旦那 | そら網が違うがな |
| 磯七 | いろいろと網では苦労してまんねん。 |
| 若旦那 | 「もうそんなアホなことはええから、早よ網を打たんかいな。」 |
| 磯七 | 「へいへい。しかしこの、船の上ちゅうやつは、よう揺れまんな。」 |
| 若旦那 | 「ごじゃごじゃ言わんと早よ打たんかいな。」 |
| 磯七 | 「ほな、いきまっせ。そらっ...ほれ、かかった。」 |
| 若旦那 | 「そんなもん上げてみるまで判るかいな。」 |
| 磯七 | 「いいえ、手ごたえ、手ごたえ...。エヘッ確かにかかってまっせ。オッ大きな鯉や。」 |
| 若旦那 | 「ほんに立派な鯉をあげたなこれは。こらお前、手柄やで。」 てなことで、瓢箪から駒。本当に大きな鯉がかかりました。 |
| 磯七 | 「わたい、ここでこれ料理しまっさ。」 |
| 若旦那 | 「お前、包丁持てるんか。」 |
| 磯七 | 「そんなもん、わたい毎日剃刀使こてますがな。」 |
| 若旦那 | 「そらまあそやけど、剃刀と包丁は違うで。」 |
| 磯七 | 「同じようなもんでやすがな。わてに任しとくなはれ。」 |
| 若旦那 | 「おいおい、船べりみたいな所に置いたら跳ねて逃げてしまう。」 |
| 磯七 | 「そんなことありまっかいな。鯉は大名魚ちゅうんです。こんな潔い魚おまへんのやで。まな板に乗った鯉というやつ。ここまできてもうあかんと思たら、観念してしまう。この包丁の腹でスーッといっぺん撫でたら、もうピリッとも動かん。」 |
| 若旦那 | 「いま動いたで。」 |
| 磯七 | 「そんなことおまへん。」 |
| 若旦那 | 「いまビクッと動いたがな」 |
| 磯七 | 「そんなもん、これでスーッと撫でたら、大名魚だっせ。」 |
| 若旦那 | 「また動いたがな。」 |
| 磯七 | 「...旗本かな。」 |
| 若旦那 | 「何をしょうもないこと言うてんねん。そんなとこで料理したら逃げるがな。」 |
| 磯七 | 「逃げまへんて。こうやって三べんめに撫でたら...見てみなはれ、辞世詠んでまっせ。」 |
| 若旦那 | 「そんなこと鯉がするかいな。早よ料理せな逃げてしまう。」 |
| 磯七 | 「そんなもん大丈夫でやす。こうやって尻の方からシャイシャイっと。」 |
| 若旦那 | 「そんなおかしな手つき、剃刀と違うのやで。」 |
| 磯七 | 「いやもうこら癖になってまっさかい。しかし鯉はええヒゲ生やしてまんな。このヒゲをひとつシャイとこうね...」 と、ごじゃごじゃやっているうちに、鯉が尾でピシッと船端を一つ叩いたかと思うと、ドボーン |
| 磯七 | 「ああ、あんた逃げた。」 |
| 若旦那 | 「それ見てみいな。そやさかい初めから言うてるがな。何が大名魚やいな。」 |
| 磯七 | 「鯉が逃げるやなんておかしいなあ、鯉ぐらい潔い魚はおまへんのやで。」 と言うてますと、一旦沈んだ鯉がまたズーッと水面へ上がってきました。 |
| 磯七 | 上がってきた、上がってきた。なんやこう用事があったんだっせ。えー、妻や子供に一言言い残しといて、ほいでまた覚悟決めて上がってきたんだっせ。 |
| すると水面から顔を出した鯉が、 | |
| 鯉 | 磯はん、こんどはこっち側も頼んっまっさ。 |
「鯉舟」は、次のようなものに収録されています。
【書籍】
「米朝落語全集・第一集」(創元社)など
【レコード】
「桂米朝上方落語大全集・第六集」(東芝EMI)など
「青菜」は、次のようなものに収録されています。
【レコード】
桂枝雀「上方落語傑作集」(東芝EMI)
笑福亭仁鶴「傑作上方落語選」(ビクター)