行楽の季節、
『大阪ずし』を持っていこう!

すしと言えば、魚の身を長方形にうすく切り、酢めしと一緒に握る、いわゆるにぎりずしを想像する。

これは、江戸前、つまり東京式のすしである。大阪ずしは、木枠に酢めしを詰め、小鯛とか海老を上に乗せ、ふたで押して固める。それを取り出し、適当な大きさに切って食べるものである。
こういう形態のすしを「箱ずし」と呼んで、大阪ずしの中核をなす。

そうした情景を描いたのが『天王寺詣り』と題する噺である。
大阪の四天王寺は、彼岸の頃になると善男善女の参詣者で、いつもより繁雑を見せる。そんな人たちを狙っていろいろな商人が店を開く。

その中の一つに、すし屋がある。このすし屋は、江戸前ずしと大阪ずしをお客の目の前で作って売る。

「押したてうまいの、握りたて握りたて。巻きたて」などと口上を付ける。事前の準備に時間を要する大阪ずしに対して、江戸前ずしは、すぐ出来るという意味で早ずしと称することもあった。
因みに、江戸前というのは、東京湾で獲れた魚介類を使って料理したもので、すしを筆頭に天ぷらとかうなぎ料理に冠される言葉である。

他にすしの出てくる古典としては『梶原酢』がある。これは、法善寺のすし屋に梶原源太という武将が、平維盛を追って入ってくるという突飛な発想の物語である。
創作落語としては、香川登枝緒作、露の五郎口演の『寿司』や、桂三枝作、口演の『にぎやかな人々』、あるいは桂枝雀作、口演の、『もうかりまっか』などに登場する。
行楽のシーズン、すしは屋外で食べても爽快な料理である。

落語の部屋の料理の小箱
『素材と技と、もてなしの心が
凝縮された大阪ずし』

一般的に「すし」といえば「にぎりずし」を指しますが、地方にはさまざまな名物「すし」があります。なかでも「大阪ずし」は、豊かな食材と技が凝縮された食文化の結晶。

木枠にすしめしと具を入れ押しをかけて少しおき、切って食べる「箱寿司」「押し寿司」「棒寿司」が、「大阪ずし」といわれます。300年程前に江戸で生まれた「にぎりずし」に対して、歴史も古く、奥深い背景があるようです。

「すし」の起源は、魚に塩をまぶし米飯とともに漬けて数か月長期保存する「馴れずし」です。ただし「馴れずし」の場合、食べるのは魚の部分のみ。酸味は乳 酸発酵によるものでした。この「馴れずし」が次第に発展し、室町時代の「生(き)なれ」となります。こちらは1ヶ月ほど漬けて魚とともに米も食すもの。す し桶に魚と米飯を入れ、重しをするようになったのもこのころでした。

次に、更に漬け込む時間を短縮させ酢を加えて酸味を出す「早ずし」が生まれます。これが全国で郷土料理として今も姿を残す、酸っぱい味の米を用いた食べ物「すし」の原型といえるでしょう。

「大阪ずし」もそのひとつですが、特徴はなんといっても"めしに六分の味、ネタに四分の味"といわれるように、すしめしの味に重きをおく点です。昆布だしで炊き、塩、酢、砂糖で味をつける。大阪ずしの老舗では、今でもかまどに薪をくべて米を炊くところもあるそうです。

このように吟味されたすしめしに、時間をかけて下処理された鯛、穴子、卵、椎茸、きくらげなどの具がなじんで深い味わいを醸しだす「大阪ずし」。その美し さと、手間隙かけて客人をもてなす心から「二寸六分の懐石料理」といわれるほど。「大阪ずし」は、素材と技と、もてなしの心が凝縮された味なのです。

「天王寺詣り」(抄)

イタチを下駄で蹴ろうとして、「彼岸やがな」と諭された男、知り合いの所へやってきます。

「彼岸て何だす?」
「天王寺で7日間、無縁の仏の供養をするのや。」
「と言うと...」
「天王寺で引導鐘(いんどうがね)を撞くと、十万億土に聞こえると言うのや。」
「わてとこから天王寺へ近いのに、ちょっとも聞こえまへん。十万億土へまで聞こえそうなことがおますかいな。」
「そんな無茶を言うもんやない。ご出家は十万億土の道を教えなはるのや。」
「そんならわても撞いてやりたい者がおます。」
「お前の身寄りかなんかぞで?」
「いえ、うちにいた男でやす。」
「どんな男や、え?」
「色の黒い、目のちょっと吊った、いつもお宅へ来て可愛がってもらいましたがな。それ、買いたての魚を取ってから憎たらしなった言うて...。」
「何や犬かいな。あの黒、見ぬと思うたら死んだのか。」
「へえ、表へ出るなと言うてますのに、横手の風呂屋の前まで行ったら、むこうの方から長い棒を持った人が出てきて、いきなり鼻の上をばポンと殴ったら、クヮー ンと言うたがこの世の別れ。ああ...。無下性(むげっしょう)には殴れんもんやなあ。ポンといたらクヮーン。無下性には殴れんもんやなあ...。」
「お前泣いてるな。」
「へえ、これから天王寺へ行って、鐘を撞いてやります。」
「ああ撞いておやり、功徳になる。」 というような話から、二人連れ立って天王寺詣りに出かけます。
「それ、これが天王寺石の鳥居や。」
「まあ立派な鳥居でやすな。」
「大和吉野が金の鳥居、安芸の宮島が楠の鳥居、天王寺石の鳥居と、これで日本三鳥居と言うねん。」
「そんなら皆同類だすか。」
「同類て、盗人みたいに言いないな。上を見てみ。」
「えらい所へ塵取りを上げよって。」
「塵取りやない、あれは額や。」
「中に何や書いたある。誰が書いたんでやす。」
「弘法の支え書きと言う。」
「ドジョウ汁の中に入ってるやつ。」
「それは牛蒡の笹掻きや。」
「向こうに鳩が飛んでますな。鳩くうくう、建石に石灯籠っと。」
「あほらしいこと言いないな。」
「けど建石が立ってます。」
「それは、ぼんぼん石や。石を持って叩くとぼんぼんと音がする。そこへ耳を当てると、身寄りが来世で言うてることが聞こえるのや。」
「それはおもしろい。一ぺんやってみよ。ふうん、何のかんのと猪口才な。」
「これ、何を言うてるのや。」
「わての叔父さんは口が上手でしたさかいに、来世へ行っても閻ちゃんを取り込みよったんですな。元手出さして手広う商売してます。」
「そんなことが聞こえたか。」
「言うてます、言うてます。どうぞこちらへお掛けやす。景色のええとこが空いてます。おでんの熱々、何でもできます。」
「それは隣の茶店の声やがな。」
とか何とか、二人の掛け合いで境内の様子が描かれていきます。
この落語は代々の松鶴の得意噺で、五代目は、二人の掛け合いの合間に語りを入れて、彼岸の頃の天王寺の様子を活写しています。
お鮨の話も、その語りの中に出てきます。
...こんなに言うてますと、天王寺の境内には右の男二人きりのようですが、なかなか彼岸中は、寄進坊主が出るやら商人(あきんど)さんも沢山に店を出しています。八丁鐘の音がして賑やかなこと。 押したて、美味いのうまいの(箱鮨を押す仕草)、握りたて握りたて(握り鮨を握る仕草)、巻きたて巻きたて(巻鮨を巻く仕草)...
「さあ、こちらへおいで。これが引導鐘や。」
「ひとつお頼み申します。」
「はいはい、こちらへお上がりなされ。
追福増進菩提のため、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。ゴーン、ウワンワンワン、ウーン...(鐘の音)。」
「これはどうや。お前が鐘を撞いてやろうという一心で、黒が鐘に乗り移っている。」
「どこにだす。」
「あの鐘の音を聞いてみ。ウーンと唸るところなんぞ、黒によう似てる。」
「南無阿弥陀仏、ゴーン、ウワンワンワン、ウーン...」
「おい坊さん、引導鐘三つと言いますよって、あとの一つ、わてに撞かしとくなはれ。」
「さあさあ撞いてあげなはれ。功徳になります。」
「今のウワンワンワンを頼むで。それっ。ポン、クヮーン...
ああ、無下性には殴れんもんやなあ。」
参照:
「天王寺詣り」は、次のようなものに収録されています。
【書籍】
「五代目笑福亭松鶴集」(青蛙房)など
【レコード】
「六代目松鶴・上方ばなし第五集」(ビクター)
「にぎやかな人々」は、次のようなものに収録されています。
【書籍】
「桂三枝爆笑落語大全集・第二集」(レオ企画) など
「もうかりまっか」は、次のようなものに収録されています。
「上方落語おもろい集」(新風出版社)など