「田辺大根&天王寺蕪」
生産地を訪ねて
スラリ長身のハンサム、というよりは、ずんぐりむっくりだけど味わい深い――。そんな田辺大根は大阪市東成郡(ひがしなりごおり)田辺地区<現大阪市東住吉区>の特産として、江戸時代初期から栽培が行われ、明治期には全国に名が知られていたといいます。昨今、地元では「田辺大根をふやしたろう会」が発足し、"田辺の大ちゃん"の愛称でキャラクターグッズも誕生するほどの人気ぶり。その生産現場を訪ねてみました。
脱サラしてなにわ野菜農家に
近鉄矢田駅から徒歩約15分。東住吉区矢田西中学校の西隣に建つ栽培ハウスの中で、今日も生産農家の松本隆さん(57歳)がもくもくと作業中です。屋根なしの畑とハウスの面積は合わせて約2200平方メートル。松本さんは約10年前、亡き父の後を継ぐべく、病院勤めを辞めて、農業の道に飛び込みました。その約3年後、知人から「伝統野菜を作ってもらえないか」と声を掛けられ、田辺大根や天王寺蕪、毛馬胡瓜や勝間南京の栽培に着手。当初は失敗続きだったものの、徐々に生産も軌道に乗り、現在は大阪市なにわ伝統野菜生産者協議会会長を務めています。
松本さんの畑では毎年9月初旬から日をずらしながら、田辺大根の種を蒔きはじめ、10月初旬からは天王寺蕪の種を蒔きます。どちらも種蒔から2~3ヶ月で収穫期を迎えるため、種蒔きの日をずらしたり、外の畑とハウスを併用することで、通常より長い期間の収穫が見込めるように工夫しています。育てた野菜は東部市場や黒門市場の店へ出荷しますが、伝統野菜はまだまだ生産農家が少なく、一般の流通ルートに乗らないため、年間契約で必要な量を栽培しています。野菜の成長度合いを見極めては、「そろそろ収穫します」と先方に連絡し、その日の朝に土中から引いてトラックへ。採れたての味が消費者の口に届きます。
勝負は土作りと水やり
松本さんいわく「一番大事なんは土造りです。毎年2月頃、大根と蕪の出荷がすべて終わったら、土をならして肥料を入れ、土を作ります。3月初めには毛馬胡瓜の種を蒔き、5月中頃から胡瓜の出荷が始まります。7月頃に胡瓜の出荷が終わると、また土を作って、今度は大根と蕪の種を蒔くんです。どれくらい堆肥や籾殻などをいれて土を作るか、どうしたら一番いいもんができるか、ほんまにいつも勉強です」。さらに、もうひとつの難関は水やりです。「今は9月でも30度を超えてますから、種を蒔いてもなかなか芽が出なくてね。去年なんて"なんでや?なんでや?"と仲間内で言い合ってました。大根は種を蒔いてからの2~3週間が勝負どころです。うまいこと発芽させるために、種を蒔いた直後は機械ではなく、自分の手でホースを使って水をやります。まんべんなく水が行き渡るように、でも、やり過ぎないようにね。大根は土から芽が顔を出して、小指くらいの大きさになったら土を寄せてまっすぐ苗が伸びるようにしてやります。中抜き(間引き)もして、芽と芽の間隔が12~13センチ空くようにしてやると形がよくなり、隣の苗に栄養を取られないので美味しくできます。天王寺蕪は皮が硬くて水をやりすぎると割れてしまうので水も肥料も少なめにしなければあきません。普通の野菜に比べ、伝統野菜は改良されていない原種ですから病気にかかりやすく、消毒もしてやらないとあきません。伝統野菜は手間をかければかけるほどええもんができるけど、手間かけへんかったらまったく商品価値のないものができてしまう、難しさがありますね」。
伝統野菜作りの喜びとこだわり
「作っていて一番嬉しいのは出荷する時。大根も蕪も、収穫は一人で、一本づつ、土から引いては水で洗います。野菜作りを通して得た人の繋がりもありがたいですね。伝統野菜を作っている人たちは皆、それぞれに勉強してますけど、お互いにしょっちゅう"どうや?"と電話で聞きあったり、畑の様子を見に行ったり、見に来たり。横の繋がりができてます。
今、大根も蕪も胡瓜も、自分で種取りしてるんですよ。種は原種やないととれません。収穫期を過ぎても土から引かず、そのままにしておくと、どんどん上に伸びて、3~4月頃に花が咲きます。大根は紫が混じった白い花、蕪は黄色い花です。花の後に付く実からタネを取って天日に干し、それを初秋に蒔くわけです。いいもんを作るにはやっぱり自分で種とらなあかんと思ってます」。
今は住宅街が広がる、ここ旧田辺地区ですが松本さんが子どもだった頃は一面、畑だったそうです。農家のおばあちゃんは畑で採れた田辺大根を庭で天日に干して、大きな樽に漬け込んでは沢庵を作っていたといいます。「自家製の沢庵は美味しかったですよ。なにわ野菜の流通量はまだまだ少ないけど、これから私たちの後継者がどんどん増えて、たくさんの人に美味しい野菜を食べて欲しいですね。田辺大根は丈は短いけど、煮ると甘いし、おろすと辛味でるし、葉の裏に毛がないから全部食べられます。平べったい天王寺蕪は身がしまって甘いし、香りがいい。シチューにしてもいけますよ。"大阪にはこんなに美味しい伝統野菜があるんや"ゆうことを誰もが知ってくれるようにならんと、僕らも頑張る甲斐がないからね」。大地にしっかり根をはる大根や蕪のように、松本さんの信念もまた、揺ぎ無いものでした。