6月「夏の日常食」
江戸時代、大坂の町の中にあった氏神さんの夏祭りは、旧暦6月に集中していました。明治5年に新暦(太陽暦)が採用されてからは、はじめのうちは毎年、旧暦の祭礼日に合わせて、祭りの日を決めていましたが、そのうちにエイヤッと1ヶ月ずらせて、6月の祭礼を7月に行うようになり、それ以来現在に至るまで、7月が大阪の祭り月となっています。したがって、水落家の「行事帳」の6月に記載されている夏祭礼の献立は、来月にご紹介することにします。この連載をはじめて、ちょうど半年になりますので、今月は船場の日常食を取りあげてみました。水落静さんに、大正末~昭和のはじめ頃、夏6月ごろのふだんの食事についてお聞きしました。
朝:お茶漬、きゅうりやおなすの浅漬(ぬかみそ漬)、お香々
昼:おぬくのごはん、お番菜(おなすとしろうりのうすくず仕立)、浅漬、お香々
夜:お冷やのごはん、たちうおの塩焼、浅漬、お香々
朝のお茶漬(ぶぶ漬)は、夏にかぎらず、年がら年中そうでした。船場の商家では、ごはんを炊くのは、一日一回だけでした。お家(うち)によって、昼に炊くところと、晩に炊くところがありました。水落家では、昼に炊いておられました。どち らの場合も朝は必ずお冷やのごはんになり、熱いお茶をかけていただきます。おかずはお漬物だけ。夏の間の楽しみは、きゅうりやおなすの浅漬です。きゅうり は、白くて太くて種の多い半白きゅうりです。これがおいしかった。けれど、水落家では、浅漬はお上(主人家族)だけが食べるもので、女中さんらは、年中お香々だけでした。このお香々は冬期に何樽も漬け込んであるもので、夏時分になると、だんだん塩辛いものになります。
船場では、「朝はお茶漬」のお家が多かったようですが、年がら年中、「朝はお粥(かい)さん」のところもありました。また、いつもは朝はお茶漬ですが、冬にさつまいもが手に入ったりするとおいものお粥さんにするお家もありました。
昼は、お番菜とお漬物。お番菜とは、野菜を中心としたふだんのおかずのことです。夏ですから、ここではおなすと越瓜(しろうり)のうすくず仕立にしました。 種々のお番菜こそ、船場の日常食を代表するものです。大根とあげさんのたいたんやら、しろな(大阪白菜)とあげさんのたいたんやら、粕汁やらのっぺい汁や ら、お汁とも、煮込みとも区別がつかないような、具がたっぷり入ったおついです。このお番菜のおかげで、船場の食事の評判が悪いのです。たしかに大量に出 まわる旬のお野菜中心の始末な料理にはちがいありませんが、大きなお鍋でたくさんの量をつくりますからおいしいですし、それを何杯もおかわりするとそれだけでおなかがいっぱいになります。ちゃんと昆布とだしじゃこやら鰹節でお出しをとりますし、油揚げを大量に入れたりしますので、栄養面からもそんなに貧弱 なものではないと私は思っています。
水落家では、 毎日晩ごはんにに魚を食べておられますが、船場の商家では、赤ごはん(小豆ごはん)に魚がつくのは、毎月お朔日と15日だけで、それ以外の日は昼も晩もお番菜がふつうでした。水落家でも、毎朝魚屋の「魚留」が持ってくる上等の魚はお上用で、女中さんらは、骨屋町の市場へ安価な魚を買いに行き、晩ご飯のおかずにしたそうです。
以上は大正末から昭和初期の船場の日常食ですが、細かいところは違っても、「朝はお茶漬」に「昼と晩はお番菜」というパターンは江戸時代からずっと受け継がれてきたものでしょう。
大正末、昭和のはじめ頃、食事のとき、水落家では、すでにひとりひとり箱膳で食べるということはなくなっており、「お部屋」と呼ばれる6畳の部屋が食事室 で、一閑張(いっかんばり)(注1)の机を二つならべて、家族が囲んで座って食事をされたということです。お茶碗とお箸(塗りの箸箱へ入る)は銘々専用の もので、お茶碗は必ず蓋付(ふたつき)のもの。お漬物は、大きな鉢に盛りつけて卓上に出され、お茶碗の蓋に取っていただきます。
6月の御菓子 「みなづき」
みなづき(水無月)はもともと京都の御菓子です。しかし、水落静さんが「6月晦日にいただきました」と言われますので、取り上げてみました。
古代律令制の時代に、6月・12月の晦日に大臣以下百官が朱雀門に会集して大祓(おおはらえ)が行われました。しかし、それは次第に行われなくなり、応仁の乱で中絶してしまいました。逆に、民間では6月・12月の祓は発達しました。とくに旧暦6月晦日の祓は、夏越祓(なごしのはらえ)、あるいは水無月祓(みなづきのはらえ)といわれ、ちょうど暑い時季で、悪疫を除去し、夏を無事に乗り切る願いをこめて、神社に参詣し、茅輪(ちのわ)をくぐり、紙の人形(ひとがた)を川に流したりします。
御菓子のみなづきは、水無月祓にちなんだもので、三角形に切った外郎(ういろう)製、または小麦粉を主体にしたもの、あるいは本葛製のものがあります。それに疱瘡よけの力があるとされる赤い色、小豆を載せて、夏らしくあっさりとした味にした優雅な御菓子です(注2)。みなづきの三角形は、氷室(ひむろ)の氷に見立てたとも 言われています。
注2御菓子みなづきについては、「鶴屋八幡」の岩橋義春氏にご教示いただきました。