大正6年創業の老舗洋菓子店
「ブルメン」
戦前からパン製造・小売に注目
歴史ある寺が点在する大阪・平野本町。この界隈は、少し歩くと寺の門が現われ、また少し行くと次の寺が見えてくる、そんなどこか懐かしいような趣きある住宅街です。その昔、ここには平野郷から住吉・堺に通じる西脇口の木戸がありました。戦国時代、平野郷には自衛のため周囲に土居と濠が張り巡らされていたのです。その中には13ヵ所の出入口が設けられており、大坂や奈良などと街道で結ばれていたのです。また、20年前まではこの地を路面電車が行き交い、住民の足となっていたそうです。現在、旧駅舎跡地は緑豊かな散歩道に生まれ変り、すぐそばには活気あふれる南海商店街があります。老舗洋菓子の店「ブルメン」がこの地に店を構えたのは1935(昭和10)年のことです。
砂糖の代用に柿の皮を利用したパンも
ブルメンの歴史は古く、創業は1917(大正6)年。開業前、創業者の大倉豊さんは和菓子職人をされていました。根っからの商売人でハイカラだったという豊さんは、時代の先を見抜き、パンの製造・小売に注目したのです。創業当時、店は大阪・鶴橋にありました。現在ほどパン小売店がなかった時代のこと。もちろん、商業用のオーブンなどはなく、パンを焼き上げるのは石窯。和菓子職人だった豊さんが、丹精込めて練り上げた餡を使ったあんパンは絶品で、「あの店に行けば美味しいパンが手に入る」と多くの人に親しまれていたそうです。店は小売だけでなく卸も請負い、忙しい日々が続きました。そんな中、第二次世界大戦が勃発。幸い、店は戦火を免れたものの、パン作りに必要な材料が不足するという事態に直面したのです。特に、砂糖は入手困難だったといいます。そこで代用したのが柿。柿の皮を乾燥させたものを細かく砕き、それを砂糖代わりに使用したのです。甘いものが貴重だった当時、この柿の皮を利用したパンは大好評でした。
戦後になってケーキづくりが本格化
時の流れとともに物も豊かになり、店ではパンに加えケーキを手掛けるようになりました。戦後になって本格的に始められたケーキづくりですが、それより以前にも振舞われていたことがありました。実は、戦争で亡くなられた豊さんの息子さんが喫茶店をされていた時期があったのです。昭和初期にケーキを手づくりしていたという息子さん。そんなモダンな感覚や鋭い洞察力は、豊さんから受け継いだものに違いありません。和菓子職人からパン製造、そしてケーキづくりへ。そんな見事なまでの転身を遂げた豊さん。その過程には不安を抱くこともあったでしょう。
5代目の店主が伝統の味を守り続けている
現在は、平野南海通店は営業権利を別の方に譲り「パン工房ブルメン木村家」に名を変え、そして、豊さんの孫・信二さんは5代目として、JR関西線の平野駅前に「ブルメン本店」をはじめ、同じ平野区内に合計3店舗でケーキとパーラー部門を展開し、祖父の味を守り続けています。
住所/(イズミヤ平野専門店街店(ブルメン本店)大阪市平野区平野宮町1-6-2-101TEL/06-6792-1537
http://www.blumen.co.jp/