英国のカッテージ風バー
「リーチバー」
堂島川沿いに聳えるリーガロイヤルホテルの誕生に遡る
昭和10(1935)年、中之島3丁目に「新大阪ホテル」を開業。昭和40(1960)年には時代の進展に応ずるために現在地に「大阪ロイヤルホテル」を開業し、続いて昭和48(1968)年、東館増設と同時に商号を「ロイヤルホテル」と改め、旧「新大阪ホテル」を閉館。これが現在、堂島川沿いに大きくそびえたつリーガロイヤルホテルの歩みです。移転計画の際、当時の社長山本為三郎氏は「大阪が日本の大阪から世界の大阪に飛翔する為に些かなりとも、お役にたちたい」というコンセプトで、新しいホテル諸施設の構想に各界の第一人者の協力を仰ぐことにしました。
「リーチバー」の誕生へ
リーガロイヤルホテル1階にある「リーチバー」も、この構想の中に位置していました。基本的なコンセプトは、山本社長と日本民芸の先駆者・柳宗悦氏によって練り上げられたもの。その日本の民芸に対する深い理解と愛情が、英国人バーナード・リーチ氏(1887~1979年)の心を動かしたのです。そこに、亡くなった柳宗悦氏の遺志 を継いだ河井寛次郎(1890~1966年)、濱田庄司(1894~1978年)、芹沢桂介(1895~1984年)、棟方志功(1903~1975年)の各氏らが協力。5人の作品が展示されることとなりました。また、この基本構想を具体化するに当たり、芸術院会員の吉田五十八氏に設計を依頼。このような経緯を背景に「リーチバー」が誕生したのです。
室内に置かれている洋家具たち
バーナード・リーチ氏と吉田五十八氏によって設計された空間は、展示されている5人の作品との調和を心がけたものになっています。壁につけられた籐蓆や室内に置かれている洋家具はリーチさんの要望によるもの。そのことに対し、当時吉田五十八氏は「リーチ君の言うことが無理なら僕も受け入れないんですね。けれどもリーチ君の言うことが非常にいいんだ、好みが」と話しています。
当時のままの空間が、今も
リーチさんが亡くなった現在も空間はそのまま残されています。英国調の落ち着いた店内には数々の作品が展示され、設計当時の山本社長や吉田氏、そしてリーチさんの写真も飾られています。机・椅子・ペルシャ絨毯など店内の装飾品にいたるまですべてが当時のまま。「ずいぶん古いものですので、入れ替えてもいいものもありますが、新しく入れたとしてもこの歴史を刻んだ空間には馴染まない。修復できるものは修復をして、リーチが手掛けた空間を保っていきたいですね」と現・古澤孝之マネージャー。その空間を求めて通う長年のファンも多く、都会の中の穴場的存在となっています。
●住所/大阪市北区中之島5丁目3番68号●電話/06-6448-1121