うどんすき/美々卯本店

美々卯

大正14年の創業

堺で200年続いた料亭「耳卯樓」を営む耳家の四男だった薩摩平太郎さんは、小学校を出た頃から数々の料亭で修行を重ねていきました。23歳の頃には蕎麦処「ちく満」でソバの修行を開始。そこで約1年間修行したあと、1カ月ほど全国各地のソバとうどんを調べ歩く旅に出たのです。帰阪した平太郎さんは「ソバとうどんの店を開く」と宣言。料理屋を開くと思っていた周りの人たちは驚いたそうです。そうして「美々卯」の暖簾を道頓堀にかかげたのは1923(大正14)年のことでした。

「うどんすき」を考案

美々卯

そばが15銭の時代、美々卯で使用していた器は4~5円のもの、箸は吉野杉製と、一流店に劣らない贅の尽くしよう。平凡ではなく工夫を凝らした店を理想としていた平太郎さんは、新しい料理の考案にも没頭していました。ある時、妻と牛すきを食べたあと、残り汁にうどんを入れて煮込んでみたら、おいしくいただけました。そのうどんの美味を何とか最初から出せないものかと思い立ったのです。
美々卯 馴染みの客に試食を求めて改良を重ね、「うどんすき」が完成したのは1928(昭和3)年から翌年にかけてのことでした。試作を重ねてつくった鉄鍋にたっぷりと出汁を注ぎ、太打ちのうどんを入れます。そして、カシワ、エビ、ハマグリ、アナゴなど、季節の素材をとり入れた彩りも美しい15種の具とともに煮込みます。それらの具はサッと茹でたり下味をつけるなどして、アクが出ないように下準備されたもの。いくら煮込んでも煮崩れしないうどんは、粉の配分や練り具合に工夫がされています。従来のうどんのイメージを覆したこの料理は1円50銭という、現在の1万円ほどもする高価なものでしたが、ひいき筋にはさっそく評判となりました。

谷崎潤一郎も好んで食した味

美々卯

味には一家言もつ文豪、谷崎潤一郎氏も好んで食した「美々卯のうどんすき」。「うどんすき」という商品名はこの店の登録商標。現在も、出汁はかつお節を毎朝2時間かけてひいて用意するなど、伝統の味を守った「うどんすき」が美々卯の各店で楽しめます。

●創業/1923(大正14)年
●創業者/薩摩平太郎
●創業地/中央区道頓堀
●現社名/美々卯本店(大阪市中央区平野町4-6-18 電話06-6231-5770)
OSAKA-INFOによる詳細