「暖簾」のモデル
昆布の老舗「小倉屋山本」
嘉永元年の創業
小説「暖簾」は、作者山崎豊子氏の生家である昆布商「小倉屋山本」がモデルです。前半部の主人公・吾平には作者の実父・山崎菊蔵の、そして後半部の主人公・孝平には作者の実兄・三代目山本利助氏の大阪商人としての生きざまが色濃く反映されています。
小説では、吾平が「浪花屋」より、のれんを分たれ別家したのが明治42年という設定でしたが、「小倉屋山本」の歴史は古く、大阪新町橋のたもとに初代山本利助がのれんを掲げたのが嘉永元年(1848)のこと。「何事堪忍(なにごともかんにん)」の精神で働いた初代利助でしたが、この言葉は小説のなかでも吾平が「浪花屋」主人から受ける訓辞として登場します。
そして二代目利助は、百貨店との取引や公設市場への進出など近代化への道を開きます。その後、第二次世界大戦が勃発し昆布業界のみならず日本経済全体が大打撃を受けますが、「小倉屋山本」三代目利助氏が再興に奔走する姿はまさしく小説の通り。自ら自転車で大阪市内をまわり、荷台に昆布を乗せて運んだのだそうです。
名物「えびすめ」の発売
そして、昭和24年、それまで大阪の家庭で一般的に食されていた塩昆布を高級品の域に昇華させた「えびすめ」を発売。選び抜かれた真昆布を独自の製法で加工する乾燥塩昆布は、その高い品質が評判を呼び、今や大阪を代表する名物になっています。
「小倉屋山本」の登録商標である「えびすめ」は高級塩昆布を定着させた立役者といえるでしょう。
こうして、代々商いに生き、伝統を守りながらも時勢にあった商売を続け躍進する「小倉屋山本」。現在、伝統の味と技術そしてのれんを守るのは、今回お話をうかがった四代目・代表取締役社長の山本博史氏。
「昆布の持つ無限の可能性を追求して、おいしく、日常的に、適正な価格で食べていただける商品を創っていくことが、小倉屋山本の今後の課題であり、使命でもあるのです」と語る山本社長の言葉に、昆布を愛し、商人の道を守る精神が脈々と受け継がれているのを感じずにはいられません。
所在地/大阪市中央区南船場4-10-26電話/06-6251-0026(代)
http://www.ogurayayamamoto.co.jp
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