紙なべ「蘆月」
昭和2年の創業
明治生まれの田頭すゑさんが、大正時代のある時期に、満州へ旅行に出かけました。その際に見たのが、紙の鍋で野菜や肉を煮込むという紙なべの原型となる料理。日本へ帰って来たすゑさんは、満州で見た料理にアレンジを加え、そして「紙なべ」と名付け、そのお料理を専門にしたお店を1928(昭和2)年に桜橋にオープンさせました。
ダシや素材のうま味が評判に
料理屋の経験のないすゑさんでしたが、息子の忠雄さんと2人でお店を切り盛り。当時は、大阪近郊で採れた約20種類の野菜が鍋を鮮やかに彩っていました。紙を使った鍋というそれ自体の珍しさに加え、素材の灰汁を紙が吸い取るので味がくどくならず、最後までダシや素材のうま味が生きるとあって、紙なべはすぐに評判になりました。まずは近くに勤める人たちが「珍しい料理だ」と足を運ぶようになり、その後、昭和8年頃に出版された五銭文庫の観光案内にも紹介されたことで、全国からもお客さんが来るようになったそうです。
具の野菜が50~70種類
戦時中の空襲でいったんは店が消失してしまいましたが、終戦後に再度開店することになりました。その後、流通の発達とともに全国各地の野菜が大阪の市場に集まり、紙なべの具となる野菜の数も50~70種類と増加。 季節を感じさせる旬の素材も含め、主人自らが市場へ品定めにいっているそうです。
創業時から変わらずに美濃紙にこだわる
使用している紙は、創業時から変わらずに美濃紙だけ。いろんな和紙を試した中でも、美濃紙が一番厚みがあって強かったからだそうです。現代では機械化が 進む和紙製作ですが、ここで使っているのは、厚みのある手漉きの紙のみ。その紙を1~2年ねかせて水分を飛ばし、さらに強度を高めてから鍋として使われる とのこと。司馬遼太郎さんも「上方の味」と絶賛した紙なべは、蘆月の独特のものとして現在も多くの人に愛されています。
創業/1928(昭和2)年創業者/田頭すゑ
創業地/梅田
現社名/紙なべ 蘆月
所在地/大阪市北区曽根崎新地1-7-10
電話/06-6341-6351