上方鰻の老舗
「本家柴藤」
1713年の創業
レトロビルが立ち並ぶ高麗橋2丁目に、上方鰻の老舗・本家柴藤があります。創業1713(正徳3)年、現在は14代目の柴藤昇孝さん(68歳)が暖簾を守っています。
柴藤の創業者・柴藤治兵衛さんは、将軍家に魚を献上するほどの川魚商でした。ある時、時の将軍・徳川吉宗が「屋形船をあげるから、料理屋をしてみないか」と声をかけたのがきっかけで、治兵衛さんは料理屋「柴藤」を当時の大阪城付近で始めました。川の多い大阪の町で、おいしい料理を屋形船に乗って楽しむのはとても風流なことでした。
「まむし」の誕生へ
「天下の台所」である大阪には、全国から良い食材が集まってきていました。ウナギもそのひとつで、料理屋で出されるウナギも選りすぐりのものばかり。また、大阪の川は江戸の川とは違って水がたいそう美しく、川に網を張ってウナギを泳がせていたほどです。臭みのないその上質のウナギは、主に蒲焼きにして供されていました。しかし、治兵衛さんは、「ウナギのもっとおいしい食べ方はないものか?」と 常々考えていました。
そこで思いついたのが、ご飯とご飯の間にウナギをはさんで蒸すというもの。ウナギはご飯の温もりでフンワリと蒸され、ご飯にはウナギのタレがしっかりとしみこみます。「これは美味!」と、そのウナギ料理はたちまち評判になり、「ご飯の間(ま)で蒸す」というところから、「まむし」と呼ばれるようになりました。
大阪を代表する老舗として現在も賑わっている
「香迷宇奈伎(かにまよううなぎ)」と、その香りの良さが古代の歌にも詠まれたウナギ。その後、「柴藤」は店舗を淀屋橋、高麗橋へと移しながら、約290年にもわたって良質のウナギ料理を提供してきました。 桂春団治の落語や多くの芝居などにも、柴藤の名が登場するほどです。また、現在のロゴマークには大阪にゆかりのある「澪つくしの鐘」が描かれていますが、これは大阪を代表する老舗であること、店舗が長らく市役所前にあったことなどから、豪商の淀屋辰五郎氏が提案したものだそうです。
「ウナギは水のきれいな四国産、炭は和歌山と高知産のものを混ぜてつかいます。うちはウナギを蒸らさずに、炭火でじっくり焼き上げる昔ながらのスタイルです」。現在の料理長をつとめる作田利勝さんによると、普段は一日200本を焼き上げますが、夏場は、5~600本はすぐに完売状態だとか。取材した2月の寒い日でも、厨房に立つ作田さんは炭の熱さで顔を真っ赤かにしていましたが、夏場となれば、どうなるんだろうとふと想像してしまいます。
創業/1713(正徳3)年創業者/柴藤治兵衛
創業地/当時の大坂城付近
現社名/株式会社本家柴藤
所在地/大阪市中央区高麗橋2-5-2
電話/06-6231-4810
OSAKA-INFOによる詳細