「喜八洲総本舗」
みたらし団子
下町グルメの宝庫「十三」で
大阪庶民に愛され続ける名物団子
もちろん「みたらし団子」は大阪だけの名物ではありません。ルーツは京の下鴨神社にあるといわれているこのお菓子は、今やコンビニでも定番商品として陳列されているので、地方の名産品的なありがたみはあまりない感じられないと思います。それでもあえて、全国のみなさんにお教えしたいのが、十三(じゅうそう)にある和菓子の名店・喜八洲総本舗(きやすそうほんぽ)の「みたらし団子」。
これを一口食べたら、今まで食べていたコンビニのみたらし団子はなんだったの?というカルチャーショックを受けること必定。ダイエット中の女性でも、あっという間に4、5本はいってしまうという怖ろしい魔力を持っているという昔懐かしい癒し系の甘味を誇っていますので、いやしい系の人はどうぞ食べ過ぎにご注意くださいね。
みたらし団子のルーツは
後醍醐天皇にあり

「みたらし」とは、漢字で「御手洗」と書き、そもそもは、神社詣での際に使用される清めの泉水のこと。どこの神社でも、本殿へ行くまでの参道に、必ず柄杓の置かれた御手洗所があるはずです。京都の下鴨神社には、境内の左側に御手洗池・御手洗川と御手洗社があって、土用丑の日には御手洗祭が行われます。参詣人はこの川に膝までひたり、無病息災を祈ります。
鎌倉時代、その下鴨神社へ後醍醐天皇が行幸のおり、御手洗池で水をすくったところ、泡がひとつ浮き、やや間をおいて四つの泡が浮き上がったという伝承があり、その泡にちなんで指頭大の団子を竹串の先にひとつ、やや間をおいて四つ連ねて団子をさしたのが、御手洗団子の起源となったとのこと。昔は葵祭の日に、下鴨神社の参道に御手洗団子の露店が出たそうで、現在も婦人会有志による販売が行われています。
「俵型」が美味しさの秘密

みたらし団子といえば、コロコロと丸い団子が串に刺さっていて、甘いタレがたっぷりかかったものを想像する人が多いと思いますが、喜八洲総本舗「みたらし団子」はちょっと違います。団子のひとつひとつが球体ではなく、俵型になっていて、まるで焼き鳥を思わせるかたち。どうして球体ではないのかというと、こちらの方が食べやすいのはもちろん、球体よりも多くのタレがからんで、団子に旨味が凝縮されるからなのだそうです。
なるほど、そういわれてみると、横グシにしてかじっても俵型なら最後まで食べやすいし、球形よりも中までしっかり味がなじんでます。なんでもないことだけれど、老舗の創意工夫の奥深さが感じられる製法ですね。実際食してみると、これが感激の旨さ。ふんわりと柔らかい団子の食感は、ダンゴというよりつきたてのお餅に近く、濃密な風味とコクがあるのにさっぱりとした甘さのタレが、表面の少しこげた団子に絶妙にからまって、急いで飲み下してしまうのはもったいないほど。いつまでも、口の中で遊ばせていたくなるお団子です。
ちなみに、特製のタレは、北海道の昆布でとったダシに、たまり醤油を加え、葛でトロみをつけた香ばしくもほんのり甘~いもの。繊細ながらもしっかりとした旨味が利いていて、思わず病みつきになってしまうこと請け合いです。
酒饅頭の老舗とみたらし団子

そんな喜八洲総本舗、店構え、人気ぶり、著名度から、かなり昔から営業しているのかと思いきや、創業は昭和23年と戦後のこと。短い期間でこれほどまでのネームバリューを獲得した背景には、初代喜八洲店主に伝えられた酒饅頭が大きな役割を果たしていました。
そもそも酒饅頭の家元は淡路島。その伝統のノウハウを受け継いだ初代が大阪で販売を始めたところ、ちょっぴり大人の風味漂う酒饅頭は大盛況。やがてメニューも増えていき、現在に至るのですが、時代とともに脇役だった「みたらし団子」が徐々に人気を集め、いつしか主役を押しのけて一番人気に。理由は、酒饅頭が少し年配を対象にした商品であるのに対し、みたらし団子は大人から子供まで、男女を問わず、幅広い層が楽しめる和菓子であったからだそう。
現在、お店を仕切る二代目店主の中田さんは、平成淀川花火大会や天神祭花火大会などの運営委員も務め、地域コミュニティの世話役としても大忙し。大阪文化に様々な形で貢献し続けるエネルギッシュな方です。初代店主が酒饅頭家元を受け継いで以来の伝統の技を守るべく日夜厳しい目を光らせているけれど、「やはり時代が変化して、酒饅頭よりもみたらし団子の方がよく売れるようになってきましたなぁ」
店頭から漂う甘い香りが道行く人の鼻孔をくすぐり、思わず「◯本ちょうだい」と立ち寄ってしまうみたらし団子。やはり、女性客が多く、若いOLが会社帰りなどに買っていく姿も多くみられます。もちろん、みたらしは買ってから2~3時間のうちが美味しいので、少しでも早く口に運んでくださいね。
所在地/(本店)大阪市淀川区十三本町1-4-2電話/06-6301-0001