大阪の食の魅力

大阪でおいしいもんは?と聞かれると連れて行きたいお店がたくさんあります。教えたい食べ物がたくさんあります。食材豊富、料理法多彩な大阪が作り上げる料理があります。そして何より長い歴史が積み上げた大阪人の「おいしいもん」へのこだわりが、他とは違う「大阪の味」。食材一つ一つを、料理人が工夫と技術と思いをこめて料理するから、"連れて行きたく"なるのです。関西でもっとも信頼されている料理雑誌の一つ「あまから手帖」の編集主幹で、大阪を代表する料理研究家の門上武司氏は、そんな大阪を「食の宝庫」だと言います。ここでは、皆さんに大阪の"宝"の食の魅力をご紹介します。

大阪の食の魅力その1
~大阪は食事の宝庫である

「大阪のくいだおれ」「京都の着だおれ」「神戸の履きだおれ」と京阪神三都市の気質を表す言葉がある。大阪は「くいだおれ」。つまり食べることが大阪の営みでは最優先事項なのである。大阪人にとって、「食は最大のコミュニケーション」であり、かつ人間を幸せにする。

そのために、あらゆる努力をも厭わないのが大阪人気質ともいえる。

「天下の台所」は今も生きている

かつては「天下の台所」と呼ばれ、日本各地から美味なる食材が大阪に集まってきた。それらを判断するのは、大阪人の厳しい味覚である。そこには料理人の智恵と技、堺が輩出した優れた道具・包丁が加わる。こうして、大阪は優れた食の世界を構築してきた。

板前割烹が目指すもの

時代は大正末期から昭和初期にかけ、「板前割烹」という様式が大阪の新町に生まれる。これぞ、いまや全国から世界に広がるカウンター様式の魁である。このカウンターをはさんで料理人と客は、食材を前にし、会話を交わしながら料理を決めてゆく。つまり客の要望を満足させる、オーダーメイドの料理を作り上げるのだ。コミュニケーションの賜物である。

コミュニケーションこそすべて

このコミュニケーションは、食にかかわる人達すべてにいえる。食事の基本は、おいしく楽しいこと。そのためにはあらゆる努力を惜しまない。食材は、常に改良を重ねる。なにわ野菜もその通り。土地に栄養を与え、品種改良を繰り返し、味わいに個性を際立たせる。調理法では、食材を余すところ無く使い切ることに尽力を使う。業態にしても、板前割烹に始まり、ホルモン料理、回転寿司など次々と新しいスタイルを考案してゆくのが大阪人の食への飽くなき追求である。そこには、味を重ねる、加える、混ぜるといった手法が見え隠れするのも大阪の特徴だ。

割烹も変化・進化する

割烹にしても、カウンターがあり従前の料理を提供するだけではない。むしろカウンターならではの創意工夫が盛り込まれ変化と進化を遂げる。ある割烹ではカウンター内に炭の焼き場をつくり、そこで焼き物を各種仕上げる、瀬戸内の美味なる魚は当然のことながら、鴨、牛肉、豚肉など和の調味料を巧みに加えオリジナリティ溢れる焼き物を生み出してゆく。

もっと旨くのお好み焼き

お好み焼き

またお好み焼きにしても、シンプルな豚玉からおでんまで入れてしまうものまである。このように、何時たりとも「おいしくするには、どうすればよいか?」という深遠なまでの探求心が、料理人の中にしっかり根付いているのだ。それを正当に評価し、そういった飲食店に足を運ぶ。その繰り返しが、大阪の食事はおいしくて値打ちがあるといわれる所以である。

食べ手もサービス精神発揮

カウンター

つづいて食べ手も貪欲である。おいしい情報は共有しようという意識が強い。カウンターの関係は、その内と外だけではない。カウンターに座る客同士の会話もじつは重要なファクターである。そこで交わされる情報のやりとりは、「みんなでおいしい食事をしましょう」という気持ちの表れである。この動きをコントロールするのも、内にいる料理人のこころ配りであり、ホスピタリティが可能とする技である。だからカウンターをはさんでと書いたが、これはカウンターを囲んでその場にいる人達が「おいしく食を愉しみたい」という大阪人のサービス精神を、具体的な形にした結果である。

つまり大阪の食事が楽しくておいしいのは、大阪人の気質が、それを常々考えているからなのである。

大阪の食の魅力その2
~みんなで楽しく食べる

とある料理屋さんのご主人から聞いた話。
お客さんが食べ終わって、店を去るときの言葉でリピーターになるか判断できると。
「おいしかった」は、当たり前。これはごく一般的な台詞である。これはリピート率が低い。
「楽しかったわ」という言葉がでると、ご主人は安心感を覚える。
つまり大阪人にとって、「おいしい」は通り一辺倒の挨拶。「楽しい」は「すごくおいしい、また来たい」と同意語なのである。
つまり食事の時間をいかに充実したものにするのか。料理がおいしいのは、当然のこと。それをもっともっとおいしくかつ素晴らしい体験とするには、作り手と食べ手の関係をいかに築くか、といえる。

食事はキャッチボール

例えばカウンターの居酒屋。ここでどうすれば初回でも楽しくおいしく食べることができるか。
まずは、その店の大将と話をすること。可能な限り、自分の好みを伝える。次に周辺のお客さんを観察すること。その人達が笑顔で食している献立。それがどんな料理なのか、そのお客さんもしくは大将に尋ねる。上手くことが運べば「これも旨いけど、あれも旨かったで。ここではこれも食べとかんと、値打ちないな」など的確なアドバイスをもらうこともしばしば。
大阪人はお節介と思われようが、おいしい体験を共有したいという欲求が強い。
じつは、優れた飲食店の店主は、カウンターの中から、それぞれのお客さんに向かってボールを投げているのだ。そしてそのボールがカウンターの中と外というだけでなく、お客さん同士でキャッチボールが可能なようにし向けているのである。
そのゲームに参加すれば、もうおいしい体験の仲間入りとなる。

気に入った店には通う

食べることは、極めて個人的な趣向の表れ。それぞれ好みが存在する。
一軒の割烹を気に入れば、当分はその店に通う。気に入るということは、料理だけでなく、その場の雰囲気や、通ってくるお客さんの層も含めて居心地がいい。何度か通うと、大将もこちらが好きな料理や味付けなどを理解してくれる。その味が、自分の割烹におけるスタンダードとなるのだ。そうすると、他のお店に行っても、自分の基準と比してどのポジションにあるのか、判断がつきやすい。
また、通っていると、その場で話題になる生の情報を仕入れることができる。通ってくるお客さんは、おそらく嗜好が似ているはず。その人達がもたらす情報は、信頼性が高いということになる。
ときには、自らのオリジナルの情報を伝えることも忘れずに。

自由と平等の食事

食べることは「自由」と「平等」を分かち合うこと。高いからおいしいとか楽しいということにはならない。むしろ、いかに楽しく食べるか。そうすれば、かならず作り手も食べ手も同じ仲間として、食べる時間を有意義に過ごすことができる。
それを率先しているのが、大阪人。