エッセイ集

「食」は暮らしに欠かせないがゆえに、暮らしを描こうとすれば、 料理することも食べることも欠かせなくなります。逆にみると、表現された料理の仕方や食べ方で、作者はどんな暮らしを伝えようとしているのか理解できるといえるでしょう。

そんな視点で「作品」をみれば、大阪の食に関する表現が多くあることに気がつきます。作品の世界にひたれば、生活の生き生きとした表現も、いつもと違った感覚で受け取れるかもしれません。

「エッセイ集」では、落語、文学そして映画という3つの視点から大阪の食文化をご紹介いたします。それぞれ異なる表現手法を通して、描かれ、残された大阪の町と人と食をぜひ味わってください。

落語
大阪の伝統芸能のひとつである上方落語の世界にも、食に関する表現が多くあることに気がつくでしょう。作品にひたれば、落語が描く庶民生活の生き生きとした姿も、またいつもと違った感覚で受け取れるかもしれません。 特に古典落語で、浪速の暮らしと人と食をのぞきます。
文学
近代の日本を代表する文豪、谷崎潤一郎は著書のなかに「鯛のうまい地方がもっとも日本的なる日本。
つまり、大阪から東へ行くほどだんだん田舎になる」と記しているくらい大阪と関西の食を賞賛しています。東京出身の彼が、なぜそう思うようになったのでしょう。そんな疑問から文学作品を読んでみると、これまでとは違った読み方もできそうです。
映画
視覚的な体験ですと、映画があげられます。いや、映画は総合芸術。それこそ、五感にせまる味わいがあるはず。愛(め)でるは、目に通じ効(き)くのは、耳か鼻か、なんて。映像に描かれ、残された大阪の町と人と食は、何を語りかけてくれるでしょう。