昆布のハナシ

大阪で好まれる昆布

昆布

大阪のおいしさの一つは、「昆布」。昆布の生産量は、現在全国で12万トンあまり。その95%は北海道沿岸で収穫されています。日本の昆布は14属45種類あり、中でも真昆布、利尻昆布、羅臼昆布は、それぞれ風味のよいだしが取れるということで関西へ多く出荷されます。

大阪で昆布というと、ダシをとったり、塩昆布やとろろ昆布などに加工するのが主な使い方。いろいろな昆布の中でも特に「昆布の王様」とも称される真昆布が好まれてきました。北海道産の真昆布の90%は、大阪で消費されるといわれています。真昆布は、北海道の南部の函館から室蘭界隈の海で収穫されます。色は褐色、葉幅12cm~30cm、長さ1.5m~3mあり、昆布の中でも肉厚なのが特徴です。上品な甘みと旨みがあり、淡い琥珀色の澄んだダシがとれます。大阪では、高級料亭からうどん屋さんまで多くの店で、真昆布が使われています。薄く削っていくとろろ昆布やおぼろ昆布も、歯ごたえが大事な塩昆布も、真昆布の厚みのある葉が適しています。

利尻昆布と羅臼昆布

ちなみに利尻昆布は、北海道の北端、利尻・礼文島から網走にかけてオホーツク海沿岸で収穫されます。真昆布に比べ少々小ぶりながら、塩味を含んだきりっとした味で、濃く香り高いだしが取れます。ダシに色がつかないことから特に京料理や千枚漬けに使われます。北海道東部、知床半島沿岸で獲れる羅臼昆布は、黄色味をおびた濃厚でコクのあるダシが取れます。煮物などに使われることが多いようです。

最近は、味の好みや味覚も多様化し、料理に合わせて各種昆布が使い分けられます。

昆布のヒストリー

日本の昆布は、北海道や東北など北の海でしか採れません。古来、北海道で船に積み込まれた昆布は、「昆布ロード」と呼ばれる海路を経て、全国に運ばれました。江戸時代以降、昆布が、大阪の味を代表するものになります。ちょっと昆布の歴史を紐解いて見ましょう。

およそ2200年まえ、中国・秦の始皇帝が、「東の国に不老長寿の薬がある、手に入れてくるように」と命令を出したそうです。実は、これこそが昆布であったといわれています。昆布が日本の文献に登場するのは、平安時代に書かれた『延喜式』。ここには、各地の産物や神事に関する取り決めなどが書かれていて、その中に何ヶ所にも昆布が登場しています。昆布は、朝廷に献上するものであり、神へのお供えものでもありました。

鎌倉時代になると、北前船航路が開発され、蝦夷地(北海道)と北陸を結びました。昆布は北陸からさらに琵琶湖を通って京の都へと運ばれました。この時代に作られた「昆布売り」という狂言には、昆布を売り歩く男が登場します。京の街中で昆布が売られていたことがわかります。この頃には、長くて幅が広い真昆布が主に流通していました。

婚礼につかう昆布

昆布は、古くから「比呂米(ひろめ)」「広布(ひろめ)」「夷布(えびすめ)」と呼ばれ、縁起のよいものでした。今でもお披露目式や婚儀には、「名を広める」「恵比寿女(=えびすめ、縁起よい女性)という意味で欠かせないものです。その昔、武士の社会でも、熨斗鮑(のしあわび)と搗栗(かちぐり)と昆布をあわせ、"敵を討って(鮑)、勝って(搗)、喜ぶ(昆布)"と語呂を合わせて贈り物とされました。乾燥させて軽量で保存の利き、そのままでも食べることができる昆布は、戦に出た侍の携帯食としても重宝されました。北陸では、厚みのある真昆布を削って、とろろ昆布やおぼろ昆布が作られるようになり、おいしいものとして京都にも伝わっていきました。この技術は後に刃物の産地だった堺の優れた包丁とあいまって、大阪でも特産の一つとして作られるようになります。

江戸時代に入ると、北前船の航路がさらに開発され、下関から瀬戸内海を通り、大阪へと伸びました。幕府の命で、この航路を使い様々な物産が大阪に集められ、大阪商人によって全国へさばくことになり、大阪は名実とも物流の要になります。「天下の台所」といわれる所以です。北海道から運ばれる大量の昆布は、大川沿いの菅原町、天満宮界隈や、魚を扱う永代浜があった靱公園や堀江周辺に昆布の問屋や仲買商が軒を連ね、本町から道頓堀あたりにかけては、昆布加工店が多くありました。大阪では、早くから醤油が使われていたため、昆布を醤油で煮込んで作る「塩昆布」が生まれ、庶民にも昆布の人気が広まりました。今でも、昆布を扱う店数日本一というのも江戸時代からの名残り。深く昆布と結びついている大阪の「味」の証明でもあります。

★ ちょっとブレイク~大阪のお雑煮の味

お雑煮といえば、各地それぞれの伝統があり味があります。家庭によっても違いますが、大阪のお雑煮の一例をご紹介しましょう。まず、昆布だけでダシをとり、そこに、さっと湯がいた大根、人参、里芋、お豆腐を入れ、火が通ったら、白味噌を溶いて入れます。食べる前に、柔らかく戻した丸もちを加えたらできあがり。シンプルな味ですが、香りのよいまろやかなお雑煮です。このとき使う材料にご注意。直径3センチほどの細い大根と金時人参(大阪では、お正月前に必ず店頭に並びます)、里芋を必ず輪切りにします。お餅も丸。これは、家族円満を願う意味からです。昆布ダシのみを使うのは、元旦の朝は殺生したもの=穢れを口にしないという意味を持ちます。ちなみに、元旦に刃物を使うのも良しとしないので、大根などの下ごしらえは、大晦日の夜にします。「よろ"こぶ"おだしで家族みんな円満に」と願いをこめて、家族そろっていただくのが慣わしです。

大阪に根付いた昆布の味

塩昆布

大阪で生まれた昆布の味として親しまれている食べ方に「塩昆布」や「とろろ昆布」「おぼろ昆布」があります。江戸時代から大阪で人気の昆布の加工食品です。

「塩昆布」とは、その名前から塩味のようなイメージですが、実は醤油や砂糖をベースにじっくり炊き上げたもの。乾燥している昆布は、水分を含んで柔らかくなります。昆布が柔らかくなるための水分量だけ、醤油や砂糖などを合わせた調味料として、鍋に入れ、ゆっくり炊き上げます。出来上がった時に鍋には調味料がまったく残らない状態になります。昆布のうまみが十分に引き出されつつ、ぽてっとした黒光りする甘辛い衣をまとった「塩昆布」が出来上がります。もっちりとした歯ごたえのものほど高級品です。調味料の分量が少ないと硬くなるし多すぎると柔らかく崩れてしまう。炊くときの温度、醤油や砂糖など量、焦げ付かないように根気良く炊く技術が必要です。大阪の昆布店では、それぞれに長年培った経験と独自の製法があります。

とろろ昆布

「とろろ昆布」や「おぼろ昆布」は、昆布を酢に漬けて柔らかくし、専用の包丁で薄く削って作ります。汁物の中に入れるととろっとした食感から「とろろ」、ふわっと消えるようにとけるから「おぼろ」と呼ばれるそうです。昆布は、乾物とはいえ、長い期間を掛けて運ばれてくる間に保存状態がよくなかったり、湿気などでカビがつくこともありました。それを削り取ったり酢に浸して保存する技術が元になり、「とろろ昆布」や「おぼろ昆布」が作られるようになりました。0.01ミリともいわれる薄さに削るためには、熟練の技が必要で、昔はすべて専門の職人さんが手作業で昆布を削っていました。(最近は機械化しているところが多い)酢に漬けられた昆布の具合を見極めたら、右足で昆布の耳(端)を押さえ、立て膝した左足の上に左手でもう片方を持ってピンと張ります。昆布は木と同じで縦に繊維が通っています。この繊維に沿って、右手に持った専用の包丁を昆布にほぼ直角にあてて削っていくのです。最後には、白い板状の芯が残ります。これは改めて酢漬けにし、正月のお鏡餅の飾りやバッテラ寿司に乗せる「白板」になります。

★ ちょっとブレイク~堺の包丁

堺の包丁

とろろ昆布やおぼろ昆布作りが大阪で盛んに行われるようになった理由の一つに、堺で作られる包丁があります。江戸幕府は、ポルトガルから入ってきたタバコが普及するにつれ、タバコの葉を刻む専用の包丁を、堺の鍛冶職人に命じました。堺はもともと鉄砲や刀などの生産盛んだった地域。優れた技術と熟練の職人が多くいました。天下泰平の世の中で、食文化が発展していくにつれ、調理法にあった包丁が作られるようになりました。現在堺では、和食、洋食、中華などあらゆる種類の包丁があります。国内の料理人が使う包丁の90%が堺で作られたものといわれています。