ダシ文化

大阪の水が、料理の決め手

水

大阪の食文化は、"ダシの文化"だといわれます。その原点は水です。大阪一円の水は軟水。軟水は甘みがあり、どんなダシや素材にも合い、"うまみ"を引き出すのに適しているといわれています。大阪に昆布のダシが根付いたのも軟水だったから。大阪の水は、昆布の中の水溶性うまみ成分であるグルタミン酸などを引き出し、風味豊かに仕上げるために欠かせないものだったのです。逆に硬水の場合、グルタミン酸と結びつくと灰汁になってしまい、おいしいダシになりません。関東で昆布ダシが根付かなかったのは、硬水のところが多かったこと原因だといわれています。植物性のダシが主張する料理を食するのは、世界的にも珍しいことです。料理大国といわれるフランスや中国でも味のベースは、動物や魚のもの。野菜を加えることもありますが、あくまでも臭みを消すためや香りを加えるためです。昆布がダシの主役になるということも、大阪のおいしさの要因です。

天下の台所に集まる"うまみ"の素材

鰹節

大阪の"うまみ"は、昆布だけではありません。なんせ全国から特産品が集まる「天下の台所」。昆布と共に広まった"うまみ"の元は、和歌山、九州や四国などから運ばれてきた鰹節や、瀬戸内などで作られるダシじゃこ(煮干)です。鰹節のダシや、煮干のダシは、それだけでもおいしいのですが、昆布ダシとあわせることで、味がさらに深みを増していきます。それは、昆布に含まれるグルタミン酸ナトリウム(グルタミン酸ソーダ)と鰹節や煮干に含まれるイノシン酸が合わさることで出来上がる"うまみ"の芸術です。

鰹節の歴史は古く、4~5世紀以前、大和朝廷の初期には、「干し鰹」や「堅魚煎汁(カツオノイロリ)」が食されたといわれています。室町時代には、囲炉裏の上にかごをつるし、その上に鰹を置いて煮炊きものをする熱と煙で自然に焙乾されるようになりました。紀州では、「焙乾小屋」が進歩し、堺の大商人や京都の上流社会の汁物料理の旨みとして重宝されていきます。紀州の鰹節は、江戸時代には、「熊野節」として一大ブランドとして知られるようになりました。その後、紀州の技術が四国や九州に伝わり、大阪へ向けての人気の"商品"となりました。

うどん

たとえば、うどんのダシ。「うどんすき」で知られる老舗「美々卯」では、鰹節の中で味、色、香り、コクの深い土佐や屋久島の宗田節、北海道から仕入れる厳選した利尻昆布でたっぷりと丁寧にダシをとります。昆布だけでは上品すぎ、鰹だけでも物足りない。両方を使うことでさらに"うまみ"が作られます。そして仕上げに薄口醤油で味がつけられます。ダシは長時間作り置きをしません。時間がたつと香りがなくなり味によどみが出るのです。うまみが詰まったダシに、コシのある自家製麺、採れたての野菜、新鮮なハマグリ、エビ、アナゴなどを加えます。金色のダシの中で出来上がっていく「うどんすき」は、食材の宝石箱のようです。

鰯

もう一つ、庶民の食卓を豊かにしたイワシ。大阪の近海に多く、今でも年間、片口イワシ6千トン余り、マイワシおよそ100トンという漁獲高です。イワシは、すぐに鮮度が落ちるため、魚の行商人は、水揚げされたらすぐにかごに並べて、「ててかむいわしやでー(手に噛み付くほど元気で新鮮なイワシの意味)」と掛け声を掛けながら街中を売り歩きました。瀬戸内海や近海で大量に取れる片口イワシは、塩水で煮熱して腐敗を止め、天日で干して乾燥させて、煮干として重宝されました。瀬戸内の漁民から大阪商人によって仕入れられ、庶民の間に広まりました。安価でおいしいダシが出るので、"うまみ"を得るための身近な食材でした。

★ ちょっとブレイク~薄口醤油

大阪を含め関西のダシはうす味だといわれます。これは、味付けに薄口醤油を使うからです。薄口醤油は、色は薄いのですが、塩分は18%~19%。濃い口醤油の塩分は16%から18%なので、薄口のほうが、塩分が高いのです。大阪や京都では、この薄口を好んで使います。薄口は、「淡口」とも書かれます。淡い色の醤油は、食材の色や持ち味、旨みがバランスよく引き出され、見た目にも美しい料理に仕上げます。薄口醤油は1666年、兵庫県の龍野市で初めて作られました。龍野で作られる醤油は、京都や大阪で精進料理や懐石料理に使われるようになり、関西では一般的な調味料として定着しました。