絶品のオムライス 「明治軒」

明治軒

創業から80年以上

黄色い卵に真っ赤なケチャップ。そんな色鮮やかなオムライスは、誰もが大好きな洋食の定番ではないでしょうか。そのオムライスをメインに、ハンバーグやタンシチューなど洋食をつくり続けて約80年の「明治軒」。現在では、そんな老舗の味を食しにやって来る遠方からのお客も多いとか。大阪・心斎橋筋から少し東に入ったところで、明治軒は長年変わらぬ味を守り続けています。

明治軒

創業者で先代の井本安蔵さんは、中之島の太陽軒で料理の修行を積んでいました。料理人として成長を遂げた安蔵さんは、やがて和歌山県にある明治軒でチーフを任されることとなります。この時、屋号を譲り受けたのが現在の明治軒の始まりなのです。安蔵さんの後継いだ2代目一民さんの妻で現在の社長・井本啓子さんによると「初代の独立のきっかけとなった和歌山の明治軒を、数年前に探したのですが見つかりませんでした」とのこと。元祖の明治軒は不明ですが、安蔵さんが開業した東心斎橋の明治軒は数々の苦難を乗り越え、現在も多くのファンに愛され続けています。

昭和元年(1925年)開業。当時、店は船場で営業をしていました。洋食がまだ広く市民に定着していなかった頃にも関わらず、オムライスやハンバーグといったメニューのみならず、パンをも厨房で焼き上げ提供していたそうです。ひとつひとつが手づくりですからお客に提供するパンを焼くだけでも大変な作業であったに違いありません。

お箸で食べる洋食

明治軒

第二次世界大戦中の営業は並大抵の苦労ではなかったそうです。雑貨はおろか食材の入手も困難で、あちこちのヤミ市をあたっていたとか。また、戦後の厳しい規制でお米の売買ができなかった時期もあったといいます。そんな中でも、安蔵さんは営業を続けました。バラックでの営業は、もはや洋食屋と呼べるものではなく、お箸で食べられるお座敷洋食という形体になっていました。その頃の名残からか、現在の明治軒でもお箸がテーブルに並んでいます。人気のタンシチューも、ナイフで切る必要がないよう一口サイズにされています。

3代目へと受け継がれていく味

明治軒

料理に関して強い信念を持っていた安蔵さん。「2代目として店を継いだ主人は父のもとで下積みをしたのではなく、一旦外へ出されたんです。そういう部分に初代の厳しさや料理への姿勢を感じます」と話す啓子さん。先代から受け継いだ老舗の味を守りつつも、時代に適応した創意工夫をこらしています。「ボリュームや器など、その時代に合わせるべきだと思ってるんです。皆が貧しかった時代は何よりボリュームでしたが今ではそうではないし、定番の白い皿にオムライスというのではユニークさに欠けますし」。お客のニーズに適応しつつ、伝統の味が守られていく。何よりもお客を第一に考えた心遣いは、時が流れても変わりません。ただいま、3代目の剛史さん(27歳)が修行中です。

明治軒
住所/大阪市中央区心斎橋筋1-5-32
電話/06-6271-6761