十三焼「今里屋久兵衛」
淀川とともに歴史をきざむ
「今里屋久兵衛」の野趣ある十三焼
梅田から阪急電車に乗って淀川を渡ると十三の駅があります。地名の由来は昔ここにあった渡し場が摂津の国の上流から数えて13番目だったからとか。西国と京、大坂を結ぶ交通の要所だったので毎日多くの人が渡し舟を利用しました。その渡し場で参勤交代の大名をはじめ旅人たちに親しまれてきたのが今里屋久兵衛の十三焼です。
生地のままの白とヨモギ入りの緑の二色あり、指先でつまんで一口で食べられる大きさ。団子を平たく押しつぶしたような形で、歯応えも餅より団子に近いような気がします。中はどちらも小豆の漉し餡で、きめの細かい、むっくりとした心地よい舌触り。甘さはあっさりとしています。鉄板で両面を軽く焼いて焦げ目をつけてあるところが野趣を感じさせ、食欲をそそります。

バーベキュー、草野球、釣り・・・と春から初夏にかけて淀川の水辺には多くの人が集まってきます。十三の野遊びは昔から有名でした。野遊びにやってくる大坂の人の舌に育てられたこともあって十三焼は素朴なだけではない、洒落た形や味わいのあるお菓子になったのかもしれません。古くからある十三大橋北詰の店では販売をせず、今は阪急の駅前で渡し舟ならぬ電車の乗降客を相手に商売をしています。
店の伝統と共に受け継がれる素朴な味わい
「今里屋久兵衛」十三焼。

阪急線十三駅西口改札の目の前にある"今里屋久兵衛"の店。現在は駅前に場所を移してはいるものの、その昔は現十三大橋の辺りにあった渡し場のたもとの茶店だったとのこと。創業は享保12(1727)年。諸大名が参勤交代の際に立ち寄った店でもありました。その頃からはすっかり町並みも変わり果てた今、時代を超えて売られている"十三焼"だけは、昔ながらの手づくりの素朴な味を今に伝えています。
人通りの絶えない駅前、そこで実演販売されているのがゆくゆくは十四代目となられる今本佳樹さん。十三代目良子(たかこ)さんのご子息です。「私が小さかった頃はへっついさん(=かまど)を使ってあんこを炊いてましたわ。だんごも炭火で焼いてね」と遠い日の思い出を語られる良子さん。あんを手に握ってひとつずつヘラでちぎっていたのも今は昔。あらかじめ桶に盛られて、包まれるのを待っている丸く小さなあん達は、静かに時の流れを物語っているかのようです。もちろんこの姿になる前に、前日から本社の工場で白ざらめと少々の塩を入れて炊かれ、冷やされてきた工程が隠されているのですが。
あんを包む皮の部分は、米粉を水で練ってつくられます。色の白いものとヨモギの入った緑色の二種類。これらは蒸された後、つかれ、よく冷ましたものを餅状に丸めて固まりにします。それをちぎって丸めたものに、先ほどのあんをひとつずつ包んでいきます。焼きやすいように平たくされただんごが鉄板に並べられ、丁寧に両面が焼かれます。順を追ってつくられていく様子は、決して無駄のない一連の流れに沿ったものです。

一日に出る数は1000~1500個。それをすべて、毎日十四代目がひとりでつくられているのかと驚嘆しましたが、さにあらず。午前中は駅前店で十四代目が、昼からと夜は工場で職人さんが、という風にローテーションを組んでつくっておられるとのこと。"十三焼"の本当の味は冷ましてからでないとわからない為、焼きたてのホカホカをすぐに販売するわけではありません。ですのでこのローテーション、前の時間帯につくったものを売るというシステムにもどうやら一役買っているようです。
この"十三焼"には添加物を一切使用していない為、日持ちはしません。しかし手でつくられているからなのか柔らかいそのだんごは、夏場でも不思議と傷みが少ないとのこと。常温にて保存し、その日のうちに食べるのが一番ですが、固くなったらオーブントースターでカリッとなるまで焼くとよいようです。特にヨモギが入っている方はプンと香りが立ちおいしくなります。
戦後まだ大八車が通りを行き交う頃、運転手付きの自動車で乗り付け、かの小林一三氏も食されたという"十三焼"。ここ二十年の間、味と同様値段が変わらないというのも、今なお多くのファンがいる理由のひとつなのかもしれません。
所在地/(十三駅前店)大阪市淀川区十三本町1-2-27電話/06-6301-0198