塩昆布/神宗

神宗

天明元年(1781年)創業

神宗(かんそう)の初代である神嵜屋宗兵衛さんが、大阪の靱(うつぼ)に海産物問屋(三まち塩魚問屋)を創業したのは天明元年(1781年)のこと。

神宗

当初は、塩魚の他に、昆布、チリメン、干鰯(ほしか)などを扱っていました。干鰯は、脂をしぼったあとのイワシを乾かした農業用有機肥料のことで、泉州の特産だった綿布の栽培に適していたのです。また、大阪から北海道松前への直送航路(北前航路)が開かれてからは、昆布売買の引き受け権を上方商人が独占するようになったため、大阪には昆布を扱うお店がたくさんできました。

嘉永年間(1848年)になると、雑候場橋東詰(元に地区江之子島)へと移転しました。雑候場(ざこば)の魚市場は海の鮮魚を扱う市場として、天満の青物市場、堂島の米市場と並び、大三大市場の一つでしたが、昭和6(1931)年、中央卸売市場ができ、他の市場とともに吸収されました。雑候場に活気が溢れていたころ、雑候場の百間堀川に架かっていた雑候場橋の橋柱が、現在、神宗淀屋橋店の店内に保存されています。雑候場が姿を消したあと、雑候場商人の心意気を伝えるため、昭和60年4月、震災でなくなった橋柱上部のガス灯を復元し、貴重な大阪の記念碑として保存されています。

店先で「塩昆布」の販売へ

神宗

大阪では、自宅で食べるために塩昆布(佃煮)をつくっていましたが、神宗が明治以降、店先で販売し始めたころ、たちまち大人気となりました。

原料の昆布は、紀行や気象条件の影響を受けて不漁となることがあるものの、自然の荒波に揉まれて育った北海道の白口浜産の「天然眞昆布」だけを使用。初代の宗兵衛さん以降、代々の店主が守り続けてきた「手間ひまかけた手作りの味」を守るため、今でも直火釜を使い一釜一釜ていねいに炊き上げることにより、素材が持つ甘さと旨みを最大彦に引き出しています。

創業/1781(天明1)年
創業地/靱
創業者/神嵜屋宗兵衛
現社名/神宗(かんそう)
所在地/大阪市中央区久高麗橋3-4-10
電話/06-6201‐2700(代)
http://www.kansou.co.jp
OSAKA-INFOによる詳細