釣鐘まんじゅう/総本家釣鐘屋
四天王寺さんの大梵鐘を模して
お彼岸に大阪で最も賑わうのは四天王寺でしょう。その境内に明治時代に世界最大の梵鐘が建立されましたが、第2次大戦のとき姿を消してしまいました。釣鐘まんじゅうはその鐘を写して作られたものです。
総本家釣鐘屋は明治33(1900)年の創業。100年以上の歴史をもちます。店の前を通りかかると、いい匂いがして思わず足が止まります。釣鐘まんじゅうはカステラの生地でこし餡を包んだもので、店頭で鋳物の型で焼くのを見せながら売っています。金属の型でお菓子を焼くのは今ではめずらしくありませんが、創業当時は画期的だったとか。ひょっとすると初代は梵鐘の鋳造法にヒントを得て考案したのかも知れません。大梵鐘の音ともに釣鐘まんじゅうの評判も響きわたりました。「きいたか こうたか」というキャッチコピーが良き時代の大阪の気分を漂わせています。
ふんわりした皮にしっとりした餡がたっぷり詰まっているところが、このお菓子の魅力ですが、餡を多く詰めれば皮は薄くなり、ソフトな感触に仕上げるのはむずかしいはず。しかも表面は香ばしく、内側は餡と違和感がない。他では真似の出来ないところです。
大量生産も日持ちさせることもできない作り方だからこそ、変わらぬ味が守られているのでしょう。出来たてよりも一日置いた方が餡と皮がなじんで美味しく、風味の変わらないのは買って3日以内くらいでしょうか。
時間をかけて下ごしらえ、
職人芸が焼き上げる
釣鐘まんじゅうのあんは、十勝小豆とザラメの砂糖からつくられ、木箱に詰めて風通しのよい所で冷やされます。その間2~3日。そうすることにより、あんの中から不要な蜜が染み出してきます。それをうまい具合に吸いとってくれるのが吸水性、通気性に優れた木箱です。
一方、茶色く焼かれる皮生地の原料は、小麦粉、卵、砂糖。毎日つくられる分が前日の夕方には用意され、少なくとも15時間はねかされます。生地の中に入る砂糖は「足重(あしおも)」と呼ばれるもの。さらりとした上白糖よりは幾分ベタッとした質感です。その砂糖を袋のまま持ち上げると、足にまでずっしりと重みを感じることから付いた名前ですが、大阪で使っている店は稀少だとか。
余分な蜜が出た後のあんと、十分にねかせられた生地とで、いよいよ5cmほどのミニチュア版釣鐘がつくられます。店頭ではその過程を見ることができます。
機械で棒状に伸ばされたあんは、次に約4cmの長さに切りそろえられます。それを手でひとつひとつ、細長い団子状に丸めておきます。ゴマ油を敷いて生地タネを流し込んだ焼き型の中にそのあんをひとつひとつ入れていき、さらに上へ薄く生地タネをのせてフタをします。焼き型は、まるで小さな釣鐘の鋳型です。
一つの焼き型で一度につくられる釣鐘まんじゅうの数は6個。同様の焼き型が火の上には常時3個並べられます。材料を入れたばかりの型が左に置かれると、残り二つの型は裏表を逆にして、一番右に来た"4個目"の型は火からおろされます。止め具を外し、フタを取ると、焼きたての釣鐘まんじゅう。それを木箱の中に並べ、冷ましていきます。
空になった焼き型にはゴマ油が塗られ、生地タネを流し込み、あんをポトン。その上に少々の生地タネがのせられ、フタ。それが左に置かれると右にある型二つがひっくり返され、一番右に来た型はフタが開けられ、中のまんじゅうが木箱に並べられていくと、職人さんは手を休めることなくつくり続けます。
生地の量加減、そして手順や焼いていく速さなど、身体が覚えてしまったかのように自然で、まさに「職人芸」。
こうして焼きあがった釣鐘まんじゅうは、すぐには箱詰めされません。木箱に入れて1日ねかせるのです。焼きたてのアツアツではなく、冷やすことで皮とあんとがほどよくなじんだ方がよりおいしいから。「あんがしまることにより、口に入れたときに小豆の味がよくわかるんです」とは現三代目のご子息、高橋博文さん。
創業が明治33(1900)年の総本家釣鐘屋では、釣鐘まんじゅうの他にも様々な大きさの釣鐘せんべいや、中にあんの入っていない釣鐘カステラもつくられており、いつの時代も四天王寺にお参りする人々を立ち止まらせているのです。
他に、四天王寺内無料休憩所売店のみの販売となります。駅売店・デパート・専門店街等には一切出店していません。
●住所/大阪市天王寺区大道1丁目5の2●電話/06-6771-0044
●Fax/06-6771-0048